俺は健康な時に、お風呂やトイレを設置する仕事をしていた。


お風呂やトイレにも身体障害者用があり、そういった物も設置していた。


現役で仕事をやっていた時は、障害者の事など一切考えずに淡々と仕事をこなしていた。


メーカーの施工書通りに仕事をやれば、何も問題は無いので、それ以上の事は考えなくても仕事には何も影響は無かった。


そして、いざ自分が身体障害者になり多目的トイレを使う立場になって、わかったことが色々とあった。


例えば便器の所に背もたれがあるのだが「これは必要かな?」と思っていたが、体幹が弱いと寄りかからないと座る事も難しく、背もたれがなければ用を足せない。


手摺にしても両側に付いているが、右半身が不自由な人と左半身が不自由な人がいるので両側に必要だ。


手洗いも二つあり、座ったまま洗えるようになっている。


ナースコールも下の方に紐が出ているのだが、床に倒れた時に、倒れたまま紐を引っ張って助けを呼べるようになっている。


現役の時は何も思わなかったが、障害者という立場になって「俺もいい仕事してたなぁ」なんて、今更ながら思い返していた。








この施設の中で「コイツはヤバいな」という人間が数人いる。


「ヤバい」と言っても俺を含めココにいる人間で、まともに歩ける奴はいないので、発狂したり大声で口喧嘩をしたりしていても、暴れて危害を加えられるという事は無いので、そう言う点では安心だ。


ただ気安く話などをしてしまうと、絡まれる危険性はある。


訳の分からない事を言い出したり、話をしだすと止まらない、などがある。


なので、俺の中でピックアップしている人間と、廊下などの共有スペースで、すれ違ったりバッティングする時は、直ぐに距離を取る様にしている。


しかし昨日、ピックアップしている内の1人と廊下でバッティングしてしまった。


俺はいつもの様にスルーを選択して、やり過ごそうとしたら、彼は俺の方にじっと熱い視線を向けてくのである。


気の弱い俺は「えっ」となり、迂闊にも「こんにちは」と挨拶をしてしまった。


わかっていた事なのだが、これが間違いだった。


彼「小野さんでしたっけ?」

俺「そうですよ」

彼「トイレちゃんと流して下さいね」

俺「は?」

彼「この間、流し忘れてましたよ」

俺「俺は流しながらしるから、それは無いよ」

彼「はぁ!流しながら?はぁ!なに?はぁ!」

俺「じゃあ」


彼が変なモードに入ったので俺はさっさと退散した。


この施設に来た当時は、まともに相手していたが、今は直ぐに逃げるようにしている。


障害者になって手にいれた「逃げる」「スルーする」「相手にしない」「距離を取る」などのスキルを存分に発揮して、なんとかこの施設の人間達と暮らしているのである。




2024年7月3日に初めてコロナに感染した。


6月28日から施設内でコロナ患者が出たという事で、トイレ以外は部屋から出ては駄目という事になった。


それから5日後、朝から「何だか喉が痛いなぁ」と思っていて、検温をしたら38度ちょっとあった。


その後、抗体検査というものをやったら陰性だったので、取り敢えず保留という事になり、5日後に又抗体検査をやったら陽性反応が出た。


7月3日から10日間、個室に隔離という事なのだが、トイレに行けないという事がネックになった。


一応、簡易トイレを用意してあったが、俺は自分でケツが拭けないので、ウォシュレットがなければ糞はしりたくなかった。


俺は10間、糞を我慢する事を決めた。


飯を三分の1に減らして対応して、なんとか10日間我慢できた。


そして隔離が明けて急いでトイレへ駆け込み踏ん張った。


とんでもない激痛が肛門を襲い飛び跳ねそうになったが、俺は激痛に耐えながら、なんとか糞を出した。


なんとも言えない開放感に包まれながら、俺の初めてのコロナ感染体験は終了した。





昨日の夜は眠れなかったので、夜中まで『ワルボロ』を見ていた。



この映画は大好きで何度も何度も見ている。


主演松田翔太、マドンナ役に新垣結衣。


原作はゲッツ板谷さん。


1980年代の立川市を舞台にしたゲッツ板谷さんの中学生時代を描いた映画だ。


ゲッツ板谷さんの書く本は何冊も読ませてもらっている。


タイ、インド、ベトナム怪人紀行シリーズやゲッツ板谷さんの家族や仲間達の日常を、思わず笑ってしまうギャグをふんだんに散りばめた本の数々だ。




仕事では4〜5回立川駅の南口に行ったこともある。


「ココがワルボロの舞台になった場所か!!」


と興奮したのを覚えている。




そしてこの映画の最後にTHE BLUE HEARTSの頃から大好きなザ・クロマニヨンズの『ギリギリガガンガン』の曲が流れる頃に、俺は大きな間違いに気が付いた。


こんなに思い入れのある映画を、寝る前に見たら興奮して眠れる訳がない事を。


話半分と言う言葉がある。


「事実は話の半分程度だ、つまり話された事には半分ぐらいの誇張・うそがあると思えという意」


調べると、こういう事らしい。


俺の使い方は調べた意味とは少し違うが、聞き流すとか受け流すとか、何となく話をするという感じだ。


どう言う事かというと、この施設にいる人達の半分は何を言っているのか分からないと言うのがある。


人によって違うのだが、呆けている、呂律が回っていない、声が矢鱈と小さい、ぶっ飛んでいるという感じで分けられる。


呆けている人は、俺には見えないものや聞こえない物が、見えたり聞こえたりするので何となく会話する。


呂律が回っていない人と、声が矢鱈と小さい人は少し会話するが長話はせずに切り上げる。


ぶっ飛んでいる人は、挨拶はするがなるべく目を合わせないで通過する。


彼ら彼女らとは話半分という感じで、お付き合いをさせてもらっている。


本来の嘘や誇張と言うのとは違うのだが、俺はこんな感じで過ごしている。




1日のうちの数回だが、声を掛けてくるおじさんがいる。


このおじさんは左半分が不自由と言う事もあるだろうが、とにかく動きがゆっくりなのだ。


例えば廊下ですれ違った後、俺はトイレに行ってまた戻る。


その間、約5分。


そのおじさんは5メートル位しか動いていない。


そうかと思えば、食堂で朝食が7:30からスタートして、遅くても7:50頃には食べ終わり食堂を出るのだが、おじさんは8:50になっても10メートル位しか移動していない。


流石におかしいなと思い近づくと、その場で車椅子のまま眠っているのだ。


最初はビックリしたが、この光景は毎朝の恒例行事なので、今ではこれを見ないと落ち着かないのだ。




こんなおじさんだが、俺に毎日3回必ず掛けてくる言葉がある。


それは「今日のご飯、美味しかった?」である


俺は2ヶ月前位から、食後にスプーンを洗い行くのだが、その流し台の近くがおじさんの食堂での席で、そこで必ず聞かれるのである。


俺は必ず「美味しかった」と答えるのだが、おじさんは必ず「味が薄い」とか「パンが硬い」とかケチをつける。


これも恒例行事となり、やり取りをしないと落ち着かない。


この施設に来てから、俺の価値観をぶっ壊す出来事があり過ぎて、戸惑う毎日を過ごしている。


AI=人工知能と言う言葉を良く聞く。


生成AIやらChatGPTと言う言葉も良く聞く。


俺の使っているスマホにも、いつからかは分からないが、いつの間にかGeminiと言うアプリが現れていた。


このGeminiと言うのが生成AIと言うものらしい。


たまに小説のあらすじなどを知りたい時に利用したりするが、その他は変な画像を作ってもらうくらいだ。 


「何の為に」とかではなく、ただ単に暇つぶしだ。


だけど、この画像を作るAIは結構面白い。


同じキーワードを入れても、同じ画像は出てこない。


俺にはこんな使い方しかできないが、この先AIで世の中は想像もつかないくらい、どんどん進化してどんどん便利になっていくのだろう、と想像すると何だか楽しみになってくる。












俺は健康な時は、本をAmazonやBOOKOFFで買って読んでいた。


BOOKOFFは勿論、Amazonでも中古の本が安く手に入るからだ。


障害者になって一時は全身が不自由になり、 本が読めなくなったが、時が経ち首だけは動く様になった。


そして口にタッチペンを咥えてスマホを操作出来る状態までになって、スマホで動画を見て時を過ごした。


そんな時「本でも読みたいなぁ」と思ったが、手が不自由では読めないと最初っから諦めていた。


暫くして、ふと「電子書籍」と言うキーワードが頭をよぎった。


それまでは「紙で読まなければ読んた気がしねぇよ」と思っていて、電子書籍など興味すらなかったが、障害者になって本が手で持てないので仕方がなく「Kindle」に登録して電子書籍に手を出した。


「月額980円で元が取れるのかな?」と心配していたが、使い始めて俺は驚愕した。


「こんな便利な物がこの世にあったのか!!」


「俺は今まで何をやっていたんだ!!」


後悔してもしきれないくらい後悔した。


月額で読める本は200万冊以上あるし、手を使わずにページはめくれるし、読み終えればボタン一つで返却出来るので荷物にならないしで、いい事づくしである。


これからは食わず嫌いはやめて、近代的で便利な物を積極的に取り入れて生きて行こうと感じた出来事であった。




俺が大人になって、ちゃんと本を読んだのは22歳の時だった。


人をぶん殴り逮捕され、留置場から拘置所に行った時、適当に借りた官本に何となく目を通した。


とにかく暇でやる事がなく「こんな本読んでも暇つぶしにもならねぇよ」「マンガの方が百倍マシだわ」くらいの、世の中舐めきった態度と気持ちだった。


暇に任せて10ページ、20ページと読み進めていった。


気が付いたら100ページ辺りまで進んていた。

そして「あれ!何だかおもしれぇな」と思う様になってきた。


更に読み進めていくと、今度は感動して涙が溢れてきた。


1度泣き出したら止まらない。


後から後から涙が溢れてくる。


俺は感動しまくりで、この本を読み終えた。


「何なんだ!この感動は!」とドラマとも映画とも違う、今まで感じたことのない感覚に襲われた。


この時、読んだ本は浅田次郎さんの「天国までの百マイル」だった。


この時は浅田次郎さんが何処の誰だか知らなかったが、今思えば偶然の出会いではあったが凄い人との出会いであった。


『泣かせ屋次郎』の異名をもつ浅田次郎さんの本は今でも読ませて貰ってます。



俺が今いる施設には1人若い女性がいる。


何歳なのかは不明だが、大体ハタチ前後だろう。


この施設は3階にあり成人部と言い大人の障害者が利用している。


2階は子供の障害者が利用している。


俺は昼前になると『小野ロード』へ歩く練習に行き、練習が終わると昼飯までの30分程度の時間を、そこでスマホを弄って過している。


昨日もそんな感じで練習終わりにスマホを弄っていたら、俺の背後で話し声がした。


声を聞く限りその若い女性と、施設側の人間との会話だ。


俺は思いっきり盗み聞きをした。


責任がない他人事の話は大好物だ。


話を聞いていると、その若い女性は子供の頃から身体に障害があり2階に何年もいたらしい。


そして大人になり3階に移って3年が経ったという。


あーだこーだと世間話をしていた中でこんな会話が聞こえた。


施設側「若いからそのうち、この施設で1番長くなるんじゃないの」

若い女性「やだよこんなとこ!早く出たいよ!」

施設側「そうだね、1人暮らしとかできないの?」

若い女性「親が許してくれない」

施設側「何で?」

若い女性「1人暮らしの経験がないからだって」

施設側「できるんじゃないの。◯◯君も1人暮らしして1人でバス乗って学校通ってるよ」

若い女性「許してくれないからしょうがないよ」


みたいな会話だった。


俺がその若い女性だったら自暴自棄になり、相手構わず喧嘩してるだろう。


簡単に言えば八つ当たりだ。


しかしその若い女性は、そんな素振りもなく毎日元気に過ごしていた。


若い女性は下半身に障害が有るが、両手は問題なく動き頭の方もしっかりしているので、ヘルパーさんの手を借りればなんとかなりそうに見える。


しかし、身内からしたら余計なトラブルは避けたいのか何なのか知らないが反対をする。


51歳のおじさんの俺でも反対されたくらいだ。


なので俺はその若い女性の気持ちは痛いほど解る。


この先、周りの大人達は何をするにも、もっともらしい言葉を並べて反対すると思うが、諦めないで生きてほしい。


世の中には俺達みたいな弱い立場の人間の味方になってくれる人達も必ずいるからお互い頑張って行こう。