通信19-49 博多のハロウィーンを覗き見る | 青藍山研鑽通信

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作曲家太田哲也の創作ノート

 


昨日は週に一度の鍼治療を受ける日だった。最近はとにかく、少しでも原稿に向かう時間が欲しい。治療を終え、そのままいつも通る裏道をとぼとぼと歩きながら帰るつもりだったんだが、突然ふいにひらめいたみたいに天神に寄ってみようと思ったんだ。

 


何故って、うん、昨日はハローウィンとかいいう日だったのさ。数日前、渋谷交差点で暴徒化した若者による狼藉が繰り返し報道されていた。もしかしたら福岡でも何か騒ぎがあるかもしれないと思ったんだ。年寄りだからといって、危険回避ばかり考えているのは情けない。一応、物書きのはしくれじゃあないかと思い、その暴徒ってやつを直に見てみようじゃあないかと天神に向かった。

 


確か渋谷では、たまたま通り掛かった軽トラックを転がしてしまうなどという馬鹿な連中がいたらしい。でもどうせやるなら四トントラックだとか、大型トレーラーだとか、数人が下敷きになる犠牲者を出しながらも、ひっくり返すというぐらいの根性を見せてくれないだろうか。いや、それよりもバキュームカーにちょっかいを出して、怒り狂った運転手から、逆噴射の攻撃を受けるなどという方が面白いぞ。天神のど真ん中、辺り一面に振り撒かれる糞尿によって鎮静化される暴徒、うん、まちがいなく明日のヤフーニュースのトップだろうね。

 


当然の事だが、バキュームカーは吸い込むだけではなく、放出する事もできる。清掃会社で働いている友人から聞いた話によると、その放出する力はかなり強く、ホースを抱える係りと、機械を操作する係りのコンビネーションによっては、かなりの精度で目標物を狙う事もできるし、単に怒った象のようにあたり一面にそいつを振り撒く事もできるそうだ。

 


今、ふと思い出したんだが、数十年も前の事、私が生まれた街の動物園で、まだ高校生だった友人のMが、何を思ったのか溝の飛び越えて象の檻の一番端っこに飛び込んだんだ。扇の形に細長いその檻の中、象はMめがけてどどどと突進してきた。間一髪逃れると、別の悪ガキが今度は逆の隅に飛び込む。踵を返し、どどどとそいつめがけて突進する象、そいつが逃れると、また反対側にMが。それを数回繰り返すうち、象は檻の真ん中に仁王立ちし、檻の両端をぎらぎらする目で何度も忙しなく振り向き、挙句の果てには、ぱおおおおなどという激しい雄叫びを上げ、その立派な鼻を使ってそこいら中に水を撒き散らし始めたんだ。

 


昔話はともかく、私は何ともいえない気持ちを胸に抱えながら天神に向かった。ところが天神に着いてみると、あれ、渋谷のスクランブル交差点みたいな一角がどこにもないじゃあないか。おいおい暴徒たちよ、君らは一体どこに集まっているんだい?

 


商業施設のあるビルの階段の踊り場、そこで車座になって仮装に精を出している女の子たちをぼちぼちと見掛けるぐらいで、到底暴徒化しそうな集団を見つける事はできなかった。その仮装も何やら可愛いばかり、うん、猫の耳を着けたり、黒装束に身を包んだり、小梅太夫のように顔を白く塗りたくったり、そんな穏やかなものばかりさ。

 


昔住んでいた近所には変な大学があって、うん、九州芸術工科大学ってんだ、そこの学生たちは郵便ポストや、サントリーオールドに仮装した挙句、いかだに乗って川を下り、その途中で次々と川底に沈んでゆくという、とてもシュールな情景をわれわれに見せてくれたが、ああ、せめてそれぐらいは見たかったね。

 


うん、私の考えは浅はかだった。そもそも天神の街中でバキュームカーなど見つけられる訳がないじゃあないか。いささか反省し、とぼとぼと帰途につくその途中、中州のあたりで五六人の仮装したガキどもとすれ違った。変な格好をしたそいつらは、口々に「お菓子をくれないといたずらするぞ」などと叫んでいる。ううううん、何だかねえ。これで手に拍子木でも持っていたら、ちょいと派手な夜回りって感じだね。いっその事「火の用心」などと叫んでいた方が、まだお菓子を貰えるかもしれないよ。

 


そもそもハローウィンという行事は、とても静かなものらしい。昔の友人で、アイルランドだかスコットランドだかから来ている留学生から聞いたんだが、ああ、とても深い緑色の瞳を持つ美しい少女だった、彼女によるとその故郷では十月の三十一日が一年の最後と定められているらしく、その最後の日にしめやかに歳を越すための行事らしい。アイルランドだかスコットランドだか思い出せないのは、私が彼女に会うたびに、君の出身地ってどこだったっけ?という間抜けな質問を繰り返しているうちに本当にわからなくなってしまったんだ。私の質問に、「太田さん、また忘れていますか?」とふくれっ面を作って見せてくれる、そのふくれっ面があまりに可愛くて、私は会うたびに馬鹿な質問を繰り返していたんだ。

 


                                      2018. 11. 1.