通信19-6 サン=サーンスってのも何だか変な名前だねえ | 青藍山研鑽通信

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作曲家太田哲也の創作ノート

 


あれからナルコレプシーについて調べてみた。ナルコレプシーの患者ってのは、ほとんどが悪夢を見るそうだ。なるほど、やはり私はナルコレプシーなんかじゃあないな。うん、私が見る夢、そいつはどう見ても悪夢とは言い難い。

 


可愛いお姉さんとのメールの途中に眠ってしまって見た夢も、何だか楽しげにメールの続きを打っている夢だったもんなあ。夢の中の私は、何やらサン=サーンスという作曲家についてメールしようとしていた。「さん=さーんす」と平仮名で打ち込んで変換しようとするとその変換例が、カタカナ、英字、フランス語、はたまたサン=サーンスの似顔絵、しかもサン=サーンスが笑顔でピースサインをだしているじゃあないか、おお、最近の携帯電話すげえなどと驚きながら、一生懸命サン=サーンスのエピソードを紹介しようとしていた。

 


うん、実はサン=サーンスについて、大好きなエピソードがあるんだ。彼はピアノがとても上手く、ピアノのレッスンにも大いに精を出していたらしいが、ある時弟子にもっとゆっくりさらうようにと教えていたらしい。フレーズに慣れてきたら、さらにゆっくりとテンポを落としてさらい続けるようにと。それに対して、「では、最後にはどうすればいいのですか」と尋ねる弟子に向かって「もっとゆっくり」と答えたそうだ。

 


このエピソードは、サン=サーンスが生きていた当時、すでに多くの音楽家たちが音と同化する事無く、目の前の譜面を単純に弾き飛ばしていたのだろうという事実を教えてくれる。もしかしたら自分自身に対する自戒が込められていたのかもしれない。何しろサン=サーンスといえば大したヴィルティオーソだったらしいからね。

 


でもよく考えてみたら、私のようにちゃらんぽらんぽんと生きている能天気な人間が、ナルコレプシーなんかに罹る訳がないじゃあないか。ましてやクライネ・レビン症候群など。ちなみにクライネ・レビン症候群は未だ原因も治療法もわからないらしいが、それはこれまでに治療を受けた患者の数が数千人と、かなり少ないからだという。うん、確かにものすごく眠くて腹が減るという理由で病院には行きにくいもんなあ。ところでこの私は多分、ただの寝坊助だと思う。

 


新しい変奏曲がどうしても書き出せずにいる。イメージが湧かない?いや、そうじゃあない。逆だ。イメージがまとまらないんだ。次から次へと新しいイメージが湧き上がってくるんだ。主題と五つの変奏を目論んでいるんだが、ああ、あれもこれもこれもあれもと新しい変奏が湧き上がってきて止まらない。若い時はいつもそうだった。書きたい事があまりに多く、自分でも抑えられないまま、おぞましいほど長い曲を書き続けた。一旦五線紙に向かうといつまでも書き続ける事になり、それが怖くて清書に入るのを少しでもと後伸ばしにしていた。こんな事はもう十年以上もなかった。少なくとも目を悪くして以降は一度もなかった。ここ数週間ほどの私は何かが変わってしまったんだ。うん、これこそが病気じゃあないのかね。顕微鏡で覗いた病原菌が恐ろしいほどの速さで動き回っているように、私の頭の中で音のイメージがぐるぐると駆け巡っているんだ。ああ、若い時、作曲するって行為は本当に辛かったもんなあ。でも書くべき事が腹の中にある以上、書く事をやめる訳にはいかなかった。

 


うん、これはもう自分で締め切りを決めて書き出すしかないね。別に変奏曲を一つしか書いてはいけないという決まりがある訳じゃあないんだ。何曲だって書けるだけ書きゃあいいのさ。変奏曲第一番、第二番、第三番・・・。いつの間にか仕事にならないものは書かないという、どうしようもないプロ根性みたいなものにすっかり冒されていたんだ。そういえば昔見たサザエさんという新聞の四コマ漫画、山の中で松茸がたくさん生えている場所に行きついたサザエさん。するとその中の一番小さい松茸を摘み上げながら、「小さいのでいいわ。お高いから」と呟く。この手の滑稽さにいつの間にか自分も落ち込んでしまっていたって訳だね。

 


突然眠くなるのは、夜にきちんと寝ていないせいだろうね。そういえば昔、井上揚水氏が「昼寝をすれば、夜中に、眠れないのはどういう訳だあ」などと変てこな歌を歌っていたっけな。うん、いつ聴いても面白い人だねえ。

 


                                    2018. 6. 24.