通信13-35 不気味な絵 | 青藍山研鑽通信

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作曲家太田哲也の創作ノート






 今朝も嫌な夢を見た。いや、嫌な夢というよりも、そんな夢を見る自分が嫌だった。税務署からの確定申告用紙がなぜか私にだけ届かないという夢だ。そういえば去年の事だったか、私が提出した申告書に不備があるというので是非税務署まで来いというお電話をいただいた。それで私がどうしたかと言うと頑なに拒否したんだ。真っ当な理由なんかない、ともかく行かないと突っぱねた。ならばしょうがありませんねえ、ではもう一度申告用紙を送りますから、訂正の上再度ご提出下さいと優しい職員の方の御言葉をいただいた。私は速やかに申告書を再提出の上、近所の福岡銀行に追徴金百円を納めに行った。百円、ああ、まるで子供のお使いじゃあないかね、などとぶつぶつと呟きながら真夏の道をとぼとぼと銀行に向って歩いたんだ。


 


 そんな私を懲らしめようと、税務署におびき出すために申告書を送ってこないに違いないと夢の中の私は考えたんだ。一体夢の中の私、そいつの脳味噌はどんなになっているのかねえ。いっそ夢の中に躍り込んで夢の中の自分をぼこぼこに滅多打ちしてやりたいもんだ。ともあれ夢落ちの漫画の中の主人公みたいにほっと胸を撫で下ろしながら、元気一杯にスタジオに向って部屋を飛び出す。通りがかりにひょいと覗いた郵便受け、そこにはしっかりと申告用紙が入っているじゃあないか。何というタイミング、人はこれを逆夢とでもいうのだろうか。


 


 練習を終えて部屋に帰りつき、何気なく送られてきた申告用紙の入った封筒を眺める。えっ、「重要なお知らせ。確定申告書にもマイナンバーの記載が必要です!」。マイナンバー?そんなもん忘れた。確か国民総背番号制とかいうたわけたやつだな。背番号の割には無茶苦茶桁が多いやつだ。思い切り背中からはみ出しそうなやつ。もし自分で選べるのなら、やはり44にするだろうね。史上最大の助っ人、ランディ・バースの背番号さ。私は未だに風呂屋の下足札は44と決めている。


 


 いや、今はそれどころじゃあない。空っぽの頭を捻ると、うん、確かそんな番号を書いた紙がずっと前に送られて来たような。よしってんで早速引き出しを掻き回す。役所関係の郵便物は一まとめにしてあるんだ。捨てるはずはない。私は割りと慎重、いや臆病なんだ。だがそれらしいものは一向に出てこないじゃあないか。ならばとその他の郵便物の引き出しを開いて見る。ええい、面倒だと、そのまま引っこ抜いて中の物を机の上にぶちまけた。年賀状がどっさり。一体何年分あるんだ。ああ、私はこれらの賀状にほとんど返事を書いていない。去年など年賀状を一枚も出していないんだ。などと思いながらそれらの賀状を眺めているうちにすっかり正月気分に浸っていた。皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。


 


 おお、私のファンと称する方からの手紙も出てきた。あれ、中に一万円札が入っているじゃあないか。そうだ、私が目を悪くした時のお見舞いの手紙なんだ。ああ、何と有難い。だが目が見えていない私は、結局この手紙を読まないまましまいこんでいたんだな。何と申し訳ない。いや、それより今はマイナンバーだ。そいつはだがそこにもなかった。


 


 ぐいぐいと首を捻るうちにふと思いついた。もしかしたらそいつはへんなものを集めた禁断の引き出しに入っているんじゃあないだろうか。気になったイラスト、変な新聞記事の切り抜き、おかしな写真、そんなものを隠しておく引き出しがあるんだ。ほら、マイナンバーって耳が折れた変なウサギが宣伝しているじゃないか。そのウサギの絵がもし封筒に書いてあればその引き出しにしまった可能性は大きい。そう思い開けてみると、おお、あるじゃあないか。ほっと胸を撫で下ろしながらも、面白半分に引き出しの中を掻き回す。一番下から変な絵が出てきて思わず仰け反った。


 


 何だこれは。うん、これは確か大分の高校で音楽の授業の折に使われていたノートの表紙絵だ。気持ち悪っ。音を奏でる少年とその音に聴き入る少女の図って事になるんだろうね。それにしてもこの二人の服装、いったいどこの国の、いつの時代の人なんだい、君たちは?男の子が咥えている楽器、それは何という楽器なんだい?いや、そもそもそれは楽器なのかい?テトラパックの牛乳じゃあないだろうね?ああ、君が頭に乗せているその帽子、そいつはどこに売ってあるんだ?川端通りの有名な帽子屋にだってそんな奇天烈なものはないぜ。そんなあらゆる奇天烈さを気に留める事もなく、「小さな恋のメロディ」のヒロイン、トレーシー・ハイドよろしく、彼の音に耳を傾ける少女の姿が切ないじゃあないか。でも、実は私を一番笑わせたのは男の子の足元にあるメトロノームなんだ。何故って、うん、説明が難しいが、ともかくそれが可笑しかった。まあそれはいい、この絵の下にもう一枚、この男の子の顔の部分だけを大きく拡大コピーしたものが出てきた。何故?もしかして当時の私はこの男の子のお面でも作ろうとしたのじゃないだろうか。うん、多分ね。やはりこの世の中で一番馬鹿なのはこの私だね。


 



 


 2017. 1. 27.