「私の作品で七十歳以前に書かれたものは取るに足りない。七十三歳になって、獣、昆虫、魚の骨格や、草木の生える様をほとんど掴み取る事が出来た。もし、八十歳になれば更なる進歩を遂げているであろう。九十歳になればその奥義を極め、百歳になれば神の如き技を手に入れ、百十歳になれば私の描く点も線も全てが生きたもののようになるであろう。」
画狂人卍こと葛飾北斎が自分の版画集「富嶽百景」に添えた文章である。何たる糞爺だろう。周りにいる全ての人間の精気を全て吸い取りながら精力的に描き続けた、妖怪のような老人が私の頭の中に浮かぶ。その北斎が死んだのは八十九歳、九十歳の僅か手前である。もちろん最後まで描き続けた。あの最晩年の、雪の中をふわふわと孤独に漂っているような虎や、富士山の上を影のように昇天する龍を見た上で、さらにそれよりも生き生きしているものをどう想像すればいいのか。それは「左甚五郎」が彫ったと言われる鼠や蟹のようにそこいらを動き回るのか。「抜け雀」のように、暗い部屋に朝日が差し込むとついたてに描かれた絵から抜け出して辺りを囀り、飛び回るのか。我々凡人には想像もつかない、その北斎の頭の中にのみ存在する作品に向ってただただ恐れおののく。
さて、凡人にすらなれなかったこの私もすっかり老いを感じるこの頃である。あと四十年書き続けるとして、出来る事などたかが知れている。欲張らず、もっと現実を見据え、切り詰めなければならない。蓮舫行政刷新担当大臣に習って仕分けをするのだ。出来そうな事とそうでない事を区別しなければならない。もう親指をしゃぶりながらぼんやり夢を見ているような時間は過ぎてしまったのだ。
まずはサキソフォーンというやつ。こいつを放り出さなければならない。ちゃんと始めたのは三十歳を過ぎてからだ。いや「ちゃんと」などと書くのはおこがましいぞ。酔っ払って夜中に浪花節を唸る、その程度のものじゃあないか。だが、それにしては時間をとり過ぎた。この薄っぺらな人生の随分な部分を掠め取っていったのだ。何しろ快感なのだ。自分の内に湧き上がってきた妄想を直接音にして吐き出すってのは。もう楽しい時間は終わりだ。この楽器のおかげで私は随分と人に愛想をつかされたのだ。この「寝床」の主人公もかくやと思わせる手前勝手な「唸り」のせいで。最早、相方の一人も居なくなってしまった。今更、新しい相方を探し求める気力も勇気も無い。後は、長年取り組んできた無伴奏組曲の録音を済ませてお終いだ。その点に関しては、我が心の友梅田崇さんに全てを任せている。ところで私のサキソフォーンはどういう訳か、表面が真っ黒に塗られている。どこかの田舎の人を、「このサキソフォーンは表面に漆を施された銘品でございます」と騙し、法外な値段で売りつけてすべてお終いという訳だ。
それにしても、一度デスクワークというものをやって見たかったな。「お勤め」は何度もした事があるさ。でも、倉庫や工場を独楽鼠のように走り回るような仕事ばかりだった。冷暖房の入った社屋で机に向う、なんてことは一度もなかった。大きなビルの中の広いフロア-に並べられた机に向って仕事に励む自分を思い浮かべてうっとりとする。腕には、あれ何というんだろう、黒い筒みたいな布切れを巻いて。ビルの上には「海山商事」だとか、そういう立派な看板が堂々と立っているのだ。ソロバンに、いやパソコンに向って一心に仕事をしていると、背後から悪戯っぽく忍び寄ってきた可愛らしい女子社員が目の前にコカコーラの入った紙コップを差し出してくれる。昼休みには中庭で同僚と、ふざけて相撲を取ったり、コカコーラを片手に、相撲を取る同僚に声援を送ったり。終業間際になるとそわそわしながら隣の同僚に「アナゴ君。今日帰りに一杯どうだい?」と耳打ちするのだ。ああ、もう滅茶苦茶に楽しそうではないか。何となく私の想像にいびつな偏りがあるのは、私の頭の中で、デスクワークにいそしむサラリーマンに関する資料が、サザエさんと二十年以上も前のコカコーラのコマーシャルぐらいしかないからだ。まあいいさ。夕暮れの、人でごった返す街で偶然親戚を見つける。「おおい、ノリスケ君。駅前に新しい焼き鳥屋が出来たんだけど、行ってみないかい?…えっ?…ああっ…タ、タラちゃん…」
2010. 10.31
今回も音源をアップする事が出来なかった。最早、昔の黴臭い音源を聴く事がただただ苦痛になってきている。自分の過去の仕事に対する興味が猛烈な速さで薄れて行く。今、私の腹の中で、新作がしっかりとこちらを見据えているのだ。しかも、その新作を書き出すことはまだ出来ない。その前に、来春の復帰戦に向けて七つのカタロニア民謡とコレルリの舞曲を編曲しなければならない。さらに今、和声法のテキストをも作っている。遠く離れた弟子に、「日ペンの美子ちゃん」よろしく通信教育を施そうって訳だ。私が見ている遥か彼方、その彼方を一緒に見てくれようとする人間が、まだ僅かながら残っているのだ。彼らのために少しでも良いものを作りたいと柄にも無く殊勝な気持ちになる。ああ、こんな時シェーンベルク大先生の和声法の教科書が手元にあればなあと嘆きながら。
