放射能漏れから10ヶ月・・。国民が忘れかけてる原発の中で必死に戦う者たち・・・・。
いま、事故の後処理に従事する作業員たちは、どんな日常を送っているのか。
夜7時15分。朝方、第一原発から40キロ地点のいわき市湯本の旅館を出発した
作業員たちが戻ってきた。 55歳の佐賀県氏、32歳の福岡県氏から、旅館駐車場
に停めた車の中で話を聞く。
佐賀県氏は従業員20人の会社に勤めていた。
社長に「1日5万、どうね。原発やけん、ちぃとは危険もあるかもしれんばってん」と頼まれた。
「ほんで、延々と車で九州から来たとよ。
着いて、ごく普通の健康診断やって〈放射線管理手帳〉=〈ホウカン〉渡されよった。
東電は、第一原発を〈1F〉と呼びよりますが、わしらは、逆さに〈F1〉って。
〈F1〉にゃ、大林、竹中以外の大手ゼネコンから中堅、わしら下請け、孫請けまで、
3000人ぐらい来とるけえ。みんな、〈免震棟〉に着いたら、またつなぎの防護服〈タイベック〉に
着替えるとよ。これでん、暑いのなんのって」
原子力発電とは、いわば巨大なヤカンで蒸気をつくって発電機をまわす施設である。
その燃料が核である。熱が出る。冷ますのに、11日562万トン、丸ビル21杯の冷却水がいる。
佐賀県氏の作業は多岐にわたる。建屋の壁を解体し、がれきを運び、人が通れる、
換気ができる配管をつくり、さらに原液と水を攪拌して、解体時に飛び散る粉塵を固める液をつくる。
32歳の福岡県氏。
「建屋は超高温、湿度100%。たまらん暑さと湿度やもんねえ。しかし、アゴ、アシ、ドヤ付きで、
1か月30万円ちょこの出づら(日当)やけん、文句はいえんが、『そゲなもんの片づけして、
あんたらせいぜい働いて死ね』いうことかと、毎日思うとよ。
われわれジャンパーと呼ばれとりまして。危険なとこでも飛び込んで行きよる、
ジャンピングしよる〈ジャンパー〉アラーム鳴りっぱなし、体が急にだるうになるのは、しょっちゅう。
内部被曝も外部被曝もありゃせんで。骨まで全面被曝じゃもん。
しかしまあ、われわれ、地獄の釜這いずりまわる人間ですき、いたしかたなかよ。
メルトダウンを聞かされたのも後になってからやけねえ。3号機の前通ると、線量計がひと桁上がる。
死ぬくさと思うとです。 そんでも、カネと欲の道連れでこんな割のええ仕事やめられんとですよ」
http://news.livedoor.com/article/detail/6150434/
>人それぞれ事情はある。
ある者は、使命感にとらわれ。
ある者は、金のため。
だが誰かがやらなければ、原発は爆発する。
その事を決して忘れてはいけない。
