東日本大震災の記録 3(原発編)
強いストレスを感じた場合は、ブログを見ないでください。
3・11 14:46:18:01 三陸沖130キロ 震度7 地震発生。
福島原発付近の震度は6強、激しく揺れた。
その49分後、津波が原発を襲う瞬間を福島テレビのカメラがとらえている。
その直後、悪夢は始まった、原子力発電所は全電源を停止した・・・。
SBO(ステーション・ブラック・アウト)という事態に陥った・・・。
それは原子炉が冷却できなくなったことを意味する・・・・。
SBO直後原子力 非常災害対策室では・・
東電 広報談<きわめて重い事象になったな。
電源を取るためのバッテリーを集めろと言う指示がとびかった。
あらゆる手段を使って電源を電源を確保しろ。
まさに非常事態・・・。
地元大熊町だけには、電源喪失から30分後に事実が伝えられていた。
情報はもちろん官邸にも伝えられていた。
しかし、1時間後の総理の会見では・・・・電源喪失の事態は国民には伝えられなかった。
そのおよそ4時間後、フクイチ原発内部ではこんな言葉が書きなげられていた。
制御室内のホワイトボードにて
21:51 1号入域禁止。
10秒で0.8ミリシーベルト・・・。
これはその場所に一日いるだけで100%、死に至る高い放射線量だ。
実はのちの調査で、この頃すでに原子炉内の燃料棒がとけおちるメルトダウンが起きていた事が
あきらかにされた・・。
1号入域禁止となった同じ頃。
21:52 政府は会見で
原発3km以内の皆さんに避難の指示、放射能は現在炉の外に漏れていない。
そう繰り返した・・・。
>初動の段階で危険だと言うことがわかっていながら、地元の大熊町の人だけにしか
真実を知らせなかった政府。
今思うと海外の避難指示は正しかったものだと断定できる。
私は何だ、かんだいって日本政府を信頼していた。
いざと言うときには日本政府は正しい行動をできると信じていた。
しかし、今回の震災でわかったのは政府の怠慢だ。
政府は大きな事故が起こったにも関らず、それを小さな事故に見せかけようとした。
多くの国民はあまり騒いでないが、これは恐ろしいことだ、政府は本当に危険な事が
起きたとき、それをすぐに知らせないという行動が明らかにされたからだ。
1号機が入域禁止の時点で放射能が大量に漏れていたことはわかっていたはず・・・。
それにも関らず、放射能は漏れてないとやまびこのように繰り返した政府。
今後健康被害が起きたとき、この行動はいずれ問題になりそうだ。