東日本大震災の記録 2(津波編)
強いストレスを感じた場合は、ブログを見ないでください。
3・11 14:46:18:01 三陸沖130キロ 震度7 地震発生。
揺れはとても長く続いた。
一分以上を経過しても揺れは収まる気配を見せない、それどころか・・・。
揺れはじめてからおよそ1分半そこからはさらに強くなった。
立っていることすらままならない、強烈な地震、その揺れは東日本全体をつつみこんだ。
福島に到達した地震の情報は、東京お台場のフジテレビのスタジオに即座に伝わった。
14:47:29 しかしこの時点ではまだ東京には地震は到達してなかった。
地震発生から1分03秒後に東京に地震が到達した。
その瞬間、人は地震がおさまるのをじっと待つしかなかった。
人は災害の前では無力だ。
地震発生から 4分45秒後フジテレビが報道を開始。
最初に応じられた大きなニュースはフジテレビの近くで起きたビル火災でした。
そして、千葉県浦安市を中心に広範囲にわたって不気味な減少が起きていました。
液状化現象です。
震源から300キロ離れたこの場所でもライフラインは寸断されました。
今回の地震は全国の揺れがおさまるまでに6分を要した事が現在は、わかっています。
そしてこの間、日本列島にはあの大津波が近づいていました。
15:10 岩手 大船渡市にまず最初に大津波が到達した・・・。
わずか数分で水位が急上昇した・・・。
そして水位上昇から8分後、8mの波を観測したときに計測器は壊れていた。
軽々と運ばれていく家屋。
福島県石巻市に津波が到達したのは15:50ともいわれている、地震発生から1時間以上が
経過していた為安心していた人も多かったかもしれない。
津波は浅瀬にくるとスピードが遅くなると言う性質がある。
第一波の津波が遅くなったことにより、第2波、第3波・・・等と折り重なることにより、津波の
高さはどんどん増していく。
津波の被害は地震発生から2時間近くたっても全国に広がり続ける。
地元スタジオも被災し情報伝達が伝わるのは困難だった。
フジテレビのスタジオが大船谷の津波に驚愕したのは津波襲来の5時間後だった。
その日、仙台市若林市荒浜で発見されたのは、200体~300体とも言われた・・。
・・後に発表されたのは全国で2万人以上の死傷者と行方不明者、この時点では被害の
全貌が全くわかっていなかった・・。
>人は時がたてば、災害などをわすれていくものだ・・・。
だけど、私は津波の怖さを忘れない・・・