先日、寺に参った時、ご住職が御本尊と須弥壇全体の電灯を暗くされたそうです。
明るいだけでは浄土の光景とはならないのでしょう。
昔は大きなお御堂の暗闇に蝋燭の灯だけだったのです。
侘び寂びをも感じさせる神秘的なイメージだったのでしょう。
誰でもが聞いた事のあるお経に般若心経があります。その文字数は262前後です。
その中に光という文字は一つもありません。
所が親鸞聖人の教えである正信偈、真実の心、南無阿弥陀仏の歴史の詩の文字数は840文字です。その教えの中に光という文字が13個もあるのです。
親鸞聖人の教えは光の教えとも言えましょう。万物は時と縁の絆の瞬間として現実があります。その縁とは、この世にあり得るはずの無い万物、衆生となってあらわれているのです。
有る事難しの存在なのです。
一期一会という言葉があります。
一生に一度しか会う事が出来ない繰り返しで人と会い生きています。
会った人が翌日には亡くなっているかも知れないのです。
そのように、この世に生まれるはずの無い人同士が会い、後には一生会う事がない出会いなのです。
そしてそのお互いは人生のドラマ、苦の娑婆を生きているもの同士なのです。
その様な事を考えると現実に我々が生きている現実と、真実の世界は別にある様に思えるのです。