こんばんは。みつです。
正直興味持って見てくれる人が1人でもいるんだろうか???
それに、得する話でもない。
ただ、今の僕は自分のことを書きたいと思った。
良いも悪いも全部ひっくるめて吐き出して、そっからスタートだと思うんだ。
これからやろうとしていることはこれまでとは全く逆。
誰かに与えられるのではなくて、自分で作っていくことを決めたんだから。
まあまあ深く話すので悪用しないでね!
僕は生まれる前にX線検査を通り抜けている。
両親は知らずに検査してしまったそうだ。
遠い昔何度か謝られたことがあるが、
今でも生きているから大した影響はなかったんだろう!
生まれた時は右目の涙腺がつながっていなかったらしく、
涙腺を通す処置が必要だったそうだ。
生まれた時から怖い目にあってたんだな。
まったく記憶にないから幸いだ。
小さいころの記憶ってみんなどれくらいから持っているんだろう。
僕はたぶん遅い方だと思う。
だって入園前テストのこととかが記憶の最初っぽいからな。
そんな幼稚園保育園のころからいじめって有って、
僕はそのころからいじめられていたことを覚えている。
大したことは無かったけどね。
幼稚園のころから僕が好きだったのはカップに砂を詰めて
水滴をかけては表面をこする遊び。
それを繰り返していると墓石の表面みたいにきれいになるんだ。
すごく変な遊びだし地味だよね。
小学校に入ってからも思い出してやろうとしてたから、
相当気に入ってたんだと思うけど、きれいで珍しいものが好きだったんだな。
化石とか貴重な石とか好きなのと一緒かな。
でも、その似たようなきれいなものを自分で作れることを発見したことが嬉しかったんだろうな。
僕は小学校に入ってもよくいじめられていた。
どの学年に上がってもだ。
今でも覚えているんだが、僕はバカと言う言葉を覚えたのは小学校の低学年の時だ。
こう言う悪い言葉を覚えるのも遅かったし、時計の読み方を覚えるのも遅かった。
なんにしても、ゆっくりのんびりだったんだろう。
でも、バカと言う言葉を認識した時僕はこう言う言葉が世の中に存在していることは知っていた。
何というかその意味を理解した瞬間がその時だった。と言うことだ。
そして、その意味を知るのが遅かったであろうことに何故かすごく満足を覚えたことを今でも
覚えている。
何故かと言うと僕はその当時もいじめられていたから自分に自信がなかった。
自分が悪いと思っていた。
だから、悪い言葉を使わない自分は正しいし、えらいと自分で思ったのだ。
こう言う気持ちは今でも心のどっかにあって、自分は偽善者と言われようが
善人だと信じている。
宗教みたいだね。(^-^;
小学校の時の自分のことでもう一つ印象的なのは習ったことで唯一ガンジーにあこがれたことだ。
それは、負の連鎖を止めるために無抵抗主義を取り人々を率いたことを自分と重ね合わせたからだ。
いじめに対して単に対抗の仕方を知らなかっただけでもあるのだが、
ガンジーのように耐えようと思って生きていた。
小学校のころの思い出でもう一つ記憶に残っているのは、校庭を1周するごとに進んでいく
すごろくみたいな表があって、満タンになるとペナントがもらえると言うのがあった。
他の人がほとんどやらないそんなことを僕は一生懸命やっていた。
だから、そのことでは僕はずっと一番だった。
でも、ある時校庭を一度も走っているところを見たことが無い子が
ペナントをもらっている様子を見かけた。
この時ずるをしたんだな。って思ってすごく腹が立ったのを覚えている。
こんなずるは世の中あふれているから気にすることは無い。
僕のやりたいことはちゃんと積み上げて目的地に到達することだ。
と今では思う!
中学校に上がっても相変わらず、いじめというよりいじっている程度に近づきつつあったが、
いじめは続いていた。
相手は変わっても誰かにいじめられる。結局のところ何か自分に問題があったのかもしれない。
中学校で僕がはまったことは3重飛びだ。
陸上部にいたがそんなことより仲間と遊ばないときは一生懸命3重飛びをやっていた。
この時の最高記録は確か21回だったかな。
かなり一生懸命やっていたからもっとできても良いと思うけど、よくがんばったな!
そして、中2くらいから僕は少しずつ先のことを考えるようになった。
将来何になりたいかは分からないけど、勉強はして損はないだろうと思った。
その辺りから勉強を一生懸命がんばるようになった。
まあ高校は大したところではないんだが・・・。(^-^;
でも、高校に行ったころからやっといじめらしいいじめがどんどん少なくなった。
勉強を頑張ることで周りからも自信が見て取れるようになっていったのかもしれない。
成績も常に良かったし、校内でも1,2を争う成績だったし。
そのころの僕がよく覚えていることは気象の授業でのことだ。
周りの子たちは先生の話を聞いて、特に反応しない。
まあそうだよね。
僕はその気象変化が起こる原理などを自分で先生に説明し、
合っていますか?と言うような質問をしたことを覚えている。
こう言うところも感じ悪い!
でも、僕にとっては自分の能力を示す機会だったんだ。
そうすることで自分の価値や意義を感じられた。
だから、そうしたんだと思う。
それと、原理とかそう言う根本的なことを理解するのがとても好きなのだ。
それは、ずっと変わらない僕の性質の一つだと思う。
そして、その高校からは何年かに一度しか行く人がないある大学へ僕は入った。
そこでは、1年の時は友達とゲーセンに行ってよく遊んだ。
でも、2回生になってまた、勉強を熱心にやることに決めた。
やっぱり勉強は裏切らないと思ったのだ。
それからはまた、勉強勉強してたなあ。(^-^;
このころのことで印象的なのは友人がヘビメタやハードロックが大好きだったことだ。
僕は洋楽もほとんど知らないし、JPOPが好きだった。
でも、人の勧めるものを断れないので、その友人に言われるままにヘビメタやハードロックを
借りて聞いては感想を言っていた。
最初は絶対良い曲なんてないと思っていたけど、
実は実は驚くほど良い曲や素晴らしいギャップを見せてくれるバンドが居たりした。
それで、僕は体感的にみんな違ってみんな良いって思うようになった気がする。
そのおかげで他にも今まで拒否してきたものを受け入れられるようになったし、
新しい楽しみを見つけることができるようになった。
そうこうして勉強をがんばり新しい価値観を持ちしながら、
僕は大学院へも面接のみで入れる権利を手にしていた。
結局興味がなくなっていたので、行かなかったけどね(^-^;
そして、僕はフリーターをしながら、夢を追いかけることになるのだが、
その時代はもう暗黒時代だね。
今から思えば何がしたいのかよく分からない。
ゴールに対して努力がついていってない。
やり方も悪い。
そうして、結局夢をあきらめてしまった。
本当は本当にやりたいことが分からなくって、
大きな夢みたいな絵空事に酔っていただけなんだろうなと思う。
それからの僕はとてもふわふわしていて何がしたいのか分からない。
受け身だし、心が動いていない。
何をするのも口だけ。
どんどん自信を無くしていったように思う。
それが、またチャレンジを遠ざけて悪循環を作っていったように思う。
それからは、ほかのブログにも書いているが、
ドラッグストアで勤め、上司と合わなかったことが原因で、
この年齢で本気の自分探しをして、今に至る。
僕は小さいころから無力でたくさんたくさん傷つけられてきた。
自分がしっかりしていなかったから、自分のせいだ。
でも、だからと言って弱いものが傷つけられるのは本当に嫌だ!
だから、自分を弱者と思っているような人や受け身な人
やりたいことが見つからない人そう言う人たちは特に力になりたい!
でも、自分を犠牲にして生きるのももう本当に嫌だ!
ここでまた、思い出したのだが、僕は弱肉強食の世界には生きていない。
辛かった上司との関係に有ったとき途中までは自分は弱肉強食の世界に生きていた。
でも、その世界観を持っている内は食うか食われるかしかなかったし、
僕はずっと弱い立場だった。
それは、部下ができても一緒。
部下に対しても優しすぎるし、部下を守ることも出来ない。
部下がこの世の中弱肉強食だと言ったことが有った。
その時は遠くでその話を聞いたから言ってあげられなかったけど、
そんなことは考え方ひとつだ。
上下ではなく、横並び、みんな違ってみんな良い。
みんな成功や幸せの形は違うけど、奪い合うのでは無くて、
助け合うのが良い!
それが、僕の考え方だ!
小さい時にガンジーにあこがれた時から何も変わっていない!
僕のやり方だ!
長く僕の生い立ちについて読んでくれた方がいましたら、心からありがとう!
さあ、僕のやり方で、失敗したっていいじゃないか、明日からもチャレンジチャレンジだ!
