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ディズニーを通して見る世界

ディズニーに関するアニメ、映画、音楽、テーマパーク等について紹介していこうと思っています。 多くの人々が楽しめるようにがんばります!!

今まで特にミッキーマウスのことに関する記事を書いてきましたが、次の作品の紹介に移りたいと思います(本当は、もう少しミッキーのことについて書くつもりだったのですが……それは、またの機会にします)。


ということで、今回はタイトルにもあるようにシリー・シンフォニー・シリーズについて書きたいと思います!!

"シリーズ"というだけあって本作は全75本の短編アニメで構成されています。


トーキーアニメを製作して"音"の重要性を知ったウォルト・ディズニーが、"音楽"という分野をはっきりと意識したのは、1929年にスタートした「シリー・シンフォニー」からでした。

このシリーズは、ミッキーシリーズで音楽面を担当していたカール・ストーリング(ウォルトとは古くからの友人で、既存の曲をシーンに合わせてアレンジしたり、即興で演奏することに長けていた)とウォルトの、ちょっとした対立から生まれましたえっ

カールは劇場での経験が豊富でドラマの雰囲気を、セリフではなく音楽で表現することに長けていました。しかし、カールの主張する音楽性を重視しすぎると、ミッキーの自由な動きを妨げることになり、そこでウォルトと"対立"が生まれたのです。

悩んだ末、ウォルトは決断を下します。

「2つのシリーズを作ろう。ひとつはミッキーマウス・シリーズで、キャラクターとアニメーションの動きに合った音楽をつける。もうひとつは君(カール)の気に入った音楽にアニメーションの動きを合わせる。それでどうだい?」

こうして、音楽が主導権を握るという個性的なアニメーション、シリー・シンフォニー(愚話交響詩)・シリーズが誕生することとなりましたビックリ


$ディズニーを通して見る世界このシリー・シンフォニー・シリーズをご存じの方はあまり多くないかもしれませんが、名作ぞろいなので見ることをお勧めします。

DVDも発売されているのですが、ぼくはまだ見ていません…………(というよりは、全部見たことがない)

と、まぁ、いったところで今回の記事はここまでにしたいと思います音符

次回も引き続き、シリー・シンフォニー・シリーズについて書くつもりです。

ほんとうは全75本すべてを紹介したい、と言いたいところですがぼくが全作品を見ていないということに加え、すべて紹介するだけの余裕がないので……重要な作品についてのみ紹介していきたいと思います得意げ
前回に引き続いて、ミッキーマウスの誕生に欠かせなかった人物のうち残りの2人を紹介しますビックリマーク


アメーバアブ・アイワークス


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彼もまた、ミッキーの誕生には欠かせません!何といっても、彼がミッキーを描いたのですから。

「早描きの天才」と呼ばれたアブ・アイワークスはウォルトとは古くからの親友でした。

二人は駆け出しのころからずっと一緒に仕事をしてきたのです。

オズワルドにブラックなギャグ要素を取り入れたのも彼のアイデアでした。

ウォルトはアブにとても信頼を寄せていました。オズワルドが奪われ、配給会社にウォルトのスタジオのスタッフたちが引き抜かれていったなか、ウォルトのスタジオに留まったのはアブ・アイワークスと彼の直接指導を受けたレス・クラークの2人だけだったのです。

ニューヨークからハリウッドのスタジオに戻ったウォルトは、秘密裏にミッキーマウスの制作に取りかかりました。というのも、契約上あと3本オズワルド作品を作らねばならず、当面は配給会社に寝返ったスタッフたちもスタジオに残っていたのです。

そこで活躍したのが、このアブ・アイワークスでしたビックリマーク

アブは部屋に鍵をかけ、猛スピードでミッキーを描いていきました。そして、誰かが部屋をノックすると、さっとミッキーを隠してオズワルドを描いているふりをしたというエピソードが残っています。

また、ミッキーの初期の作品はほとんど彼一人で描いたと言います。

まさしく、彼がいなければミッキーはデビューしていなかったと言えますね。


こうして、ミッキーにとっても、ウォルトにとってもかけがえのない存在だったアブ・アイワークスでしたが、後にウォルトと彼との間に亀裂が入ることとなりますガーン

「蒸気船ウィリー」での録音に難航していたウォルトは最終的に、海賊版製造のパワーズ・シネフォンを所持していた、パット・パワーズと契約を結びました。

パワーズはその当時、自分の装置を誰かに使ってもらって広めたいと考えていたため、ウォルトを大歓迎しました。

パワーズはその後、ウォルトを援助し続けるのですが、彼にはある企みがあったのです。パワーズはディズニー社が要求した映画配給総売上の開示をのらりくらりとかわし続けたのです。これではどの映画がどれだけの売り上げを計上したのかウォルトにはわかりませんでした。そしてウォルトはパワーズの企みを知ったのです。

最初にウォルトが契約を結んだ時、パワーズは自分の音響装置を売り出すことだけを考えていたため、ミッキーマウスの映画が大ヒットするのも、それどころか多少評判になることさえ、期待していませんでしたし、どうでもいいと思っていました。

しかし、大変驚いたことにミッキーマウスの映画は大ヒットしました。パワーズは、たった1年の契約しか結ばなかった上に、追加の権利も何もつけておらず、ビジネスマンのメンツを完全に潰してしまったのです。

そんなことがあって、パワーズはウォルトの知らないところでありとあらゆる手をまわし、ウォルトの身動きがまったく取れなくなるようにして、契約を更改するしかないように仕向けたのでした。

その1つの方策として、パワーズはウォルトが一番信頼していたアニメーターのアブ・アイワークスと契約を結んでしまったのです叫び

こうして、ウォルトは古くからの大親友、アブ・アイワークスの裏切りを知り、絶望しました。そうしてパワーズとの手を切ることにより、アブとは一緒に仕事をしたくないという気持ちを表したのでした。

その後、アブは自分のスタジオを持つこととなりますが長くは続きませんでした。そして、ウォルトたっての誘いで、ディズニー社に復帰しました。

ディズニー社に戻ったアブは「101匹わんちゃん」や「メリー・ポピンズ」などの作品に特殊効果担当というかたちで貢献することとなりました。


アメーバチャールズ・チャップリン


$ディズニーを通して見る世界みなさんはウォルト以外ににもミッキーマウスのモデルが存在していたことをご存知でしょうか???

チャップリンこそミッキーマウスのもう1人のモデルだったといわれていますえっ

初期のミッキーは今とは違って、やんちゃでいたずら好きという性格が濃いキャラクターでした。

ウォルトはミッキーについてこんなことを言っています。

「チャップリンの、あの、ちょっともの寂しそうな雰囲気をもった小ネズミにしようと思ってね。小さいながらも自分のベストを尽くしてがんばってるっていう姿だな。」と。

しかし実際には、ミッキーマウスのキャラクターには、チャップリンよりもウォルトの要素の方が多かったことは言うまでもありません………。


とは言え、ミッキーマウスの格好にはチャップリンに対するオマージュが見られます。

ミッキーマウスの大きくて立派な靴やお尻が丸くて大きいなど、シルエット的にチャップリンと似通ったところが見受けられるのです。

実は、ウォルトは小さいころからチャップリンに憧れていました。ウォルトは、ハリウッドに来た当初から、憧れのチャップリンとお近づきになりたいと、何度もチャップリンの撮影所の前をうろうろしますが、チャップリンとようやく会うことができたのは、ミッキーマウスが大ブレイクして、ハリウッドでウォルト・ディズニーの名が知られるようになった1930年代に入ってからでした。

ウォルトと初めて会った時、チャップリンはウォルトにとても重要なアドバイスをしています。

「きみは非常に有能だ。素晴らしい才能を持っている。その才能を人に持って行かれないために、どこの会社にも属さずに、インディペンデント(独立の自営者)でいるべきだ。絶対に自分の権利は自分で、しっかり管理しなさい」と。

やがてこのアドバイスはウォルトを救うこととなり、ウォルト自身も生涯その姿勢を貫くこととなりました。

今回は「ミッキーマウスの生みの親たち」ということで、ミッキーマウスの誕生に欠かせなかった4人の人物のうち、2人の人物を紹介したいと思います!!!


アメーバウォルト・ディズニー


$ディズニーを通して見る世界まぁ、この人抜きでは、ミッキーは語れませんよ。言わずと知れたミッキーの生みの親と言えば、やはりウォルト・ディズニーですよね。

オズワルドの版権を奪われてしまい、ニューヨークから自分のスタジオのあるハリウッドへ帰る汽車の中でウォルトは、気持ちを切り替えます。ウサギがダメなら……………

こうしてミッキーマウスは誕生します!!

ところで、なぜミッキーはネズミのキャラクターなのでしょうはてなマーク

理由は諸説あるようですが、ウォルトはネズミに特別な思い入れがあったようです。ウォルトの仕事場に現れたネズミたちのうち一匹と仲良くなったというエピソードが残っています。

また、ウォルトがそのような理由でネズミのキャラクターを創ったのかはわかりませんが、ウォルトがミッキーマウスを創りだした当時は、ネズミとウサギは同じ齧歯目(げっしもく)で同じ仲間だと考えられていました(今ではウサギはウサギ目となっています)。

そのため、ウサギの仲間であるネズミのキャラクターにすることによって、オズワルドのライバルであることを鮮明にしようとした、という考えもあるようです。


ところで、「蒸気船ウィリー」以来、ミッキーマウスの声はウォルト自身が担当していた、ということをご存知ですか?とても有名な話ですよねニコニコ

ウォルトは、世界初の"しゃべるネズミ"に、イメージ通りの声を与えるために自身のかん高いファルセット(裏声)を使って、20年近くにわたりミッキーの声を演じていましたえっ

ちなみに、この時ウォルトはミニーやオウムの声も務めていました(とはいっても叫び声や笑い声くらいで、セリフらしいセリフはこの時はまだありませんでしたが…………)。


ミッキーマウスがウォルトの分身ということはよくいわれます。実際、ミッキーマウスはウォルトをモデルとしていて、ミッキーのキャラクターにはウォルトの性格が大きく反映されています。

冒険心と正義感にあふれ、大志を抱いて夢を追い続ける………。

ミッキーの表情が上手く描けず、ほとほと困っていたアニメーターが、セリフを録音中のウォルトの顔を参考にして完成させたという逸話が残っているくらいです。

また、スタッフが話を面白くしようとするあまり、ギャグがエスカレートしすぎると、ウォルトは「ミッキーはそんなことはしないよ。」と、たしなめたそうです。

こうしてミッキーはウォルトに限りない愛情をそそがれ、大事に育てられてきたのでしたラブラブ


アメーバウォルトの妻、リリアン

ウォルトの妻が別段ミッキーマウスの誕生に関与したわけではありませんが、彼女はウォルトが創りだしたキャラクターにとても大事なものを与えました。

それは、「名前」ですビックリマーク

ウォルトが「ミッキーマウス」と命名したというふうに思われがちですが、実は最初、ウォルトは新しく創ったネズミのキャラクターに「モーティマー・マウス」と名付けるつもりでしたが、その場に居合わせていた妻、リリアンに「ミッキーの方がいい。」とアドバイスをもらいミッキーマウスとしたそうです。

理由は、リリアン自身にも上手く説明ができなかったそうなのですが、「モーティマー」という名前は気に入らなかったようです。ウォルトはこの名前に自信満々だったのですが…………(後に「モーティマー・マウス」はミニーの幼馴染で、ミッキーとミニーをめぐる恋のライバルとして登場することとなります)。

そう思うと、この時リリアンがいなければ今頃、世界のスーパースターは「モーティマー・マウス」になっていたのかと思うとちょっとこわいなぁ……………………

もっと悪けりゃ、そもそも大ヒットしていなかったかもしれない…………………

そう考えると「ミッキーの方がいい。」というリリアンのアドバイスは的確だったんでしょうね。素直に妻の助言に耳を貸したウォルトも偉いと思いますが。



…………………ということで、本当は4人まとめて紹介するつもりだったんですが、長くなってしまったので、2回に分けて書くことにします。

また、そのうちに~その2~も書きますのでお楽しみにニコニコ