アユにストレスを与えない河川環境管理が釣果を伸ばす ―濁りと餌不足を中心にー | つくばね鮎毛鉤研究所

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清流の女王と言われる鮎を毛鉤でつる方法を”ドブ釣り”と言います。鮎がなぜ毛鉤に食いつくのか、どのようなデザインの毛鉤が効果的なのかを毛鉤を自作して研究しています。鮎の毛鉤釣りを科学しています。

 前回ではアユの藻類食と味覚の関係に加え、それに基づく河川環境の改善の試みについての研究を紹介しました。河川環境はアユの生息する上で最も重要です。しかし、この環境は自然現象だけでなく、ダムや堰の構築、更に河川改修などの人の手により大きく変化します。濁り水のために釣行を中止せざる得なくなった経験は誰にもあり、私たちはストレスを感じますが、これは鮎たちも同じで、河川環境の大きな変化がストレスとなり鮎の生理や行動が変化します。アユに限らず多くの魚が濁り水を嫌うことは誰でも想像できますが、実際にどのような影響があるのか、またそれが河川生態系にどのように影響するのかを知りたいので、関連する研究を俯瞰してみました。なお、この内容は鮎毛バリ通信39巻(2024)に掲載したものと同じです。

 

 大雨やダム放水で下流に流れる濁水は小さな土壌粒子(環境基準では浮遊物質、SS)が原因です。SSを加えた濁り水の流れの中にアユを放すと、多くは直ぐに下流へ移動します。このようなアユの忌避行動は河川を使った実験でも確かめられ、回避できないと致命的です。ダム底の堆積物を排出するための排砂で濁っている川の流れに沈めた籠の中にアユを100匹入れて濁水に暴露すると2時間で98匹、約5時間で全てが死亡しました。死んだアユを調べると鰓(エラ)に微小なSSが詰まっていました。エラが詰まってしまうと呼吸困難になるので強いストレスになります。この実験ではアユよりも上流に棲んでいるヤマメやイワナも同居させたのですが、殆ど死ななかったのでアユが如何に濁り水に敏感なのかが判ります。

 

 濁水中のSS粒子は、直接アユに影響するだけでなく、SSが底石の表面に付着するとアユの餌となるコケ(垢、藍藻類)の繁茂が抑制されて餌不足になるのでストレスの原因になります。一方、治水のために私たちはダムや堰の構築、重機での改修などで流れを円滑かつ穏やかします。これは河川環境に棲む生物にとっては必ずしも望ましくありません。ワンドや淵などがなくなり、また流れが穏やかになり河川環境の攪乱が起き難くなくなり、生態学的には良いことではないのです。

 

 良い例が山火米国のイエローストーン公園での山火の対応です。貴重な森林環境資源を守るために以前は消火していましたが、過去湖地球生態系は自然災害による攪乱と修復をくり返してきたので、生態学的には山火事による一時的な環境攪乱(破壊)が必要だという考えから、今は人の生活圏に近くない限り消火しないで自然鎮火に任せています。するとその後に回復した生態系は以前よりも複雑で安定するのです。

 

 川の話に戻りましょう。アユは流速0.2〜0.6m/秒、水深0.2〜0.6mを好み、餌資源のコケも有機質含量が全体の50%以上であるのが良いとされています。流速が遅く、流量の変化が少ない状態が長い時間続いて“よどみ”ができると、川床に細かな砂や粘度が入り込んで底石が埋まり“はまり石”となります。はまり石には餌になるコケよりも餌にならない糸状緑藻のカワシオグサなどが繁茂してしまいます。この状態を改善するために短期的な放流、フラッシュ放流をおこなってゴミや詰まっている土砂の掃除(クレンジング)が行われます。これも生態学的には攪乱でしょう。

 

 一方、治山や砂防のためのダムの下流では、時間がたつと小さな砂利が流され、大きな石が残り、また川床が露出してしまうなど過度の安定化が起きます。これを専門的にはアーマーコート化(アーマー化)と言います。これが進むとやはり餌にならないコケの増加や産卵場所が消失します。アーマー化した河床はフラッシュ放水や砂礫投入、さらに重機での耕耘などにより修復されますが、これもその後の多様性のある生態系を回復させるための一時的な攪乱なのです。

 

 この意味では大雨の後にダムを守るために行われる大規模な放水も下流域の河川環境を短期的には攪乱することになりますが、何処かの川のように濁りが長期に及んで私たちの活動(釣り)に支障が出なければ生態学的には必要なのでしょう。

濁水などの河川環境の大きな変化はアユにストレスを与えることになりますが、このストレスの有無はどうして判るのでしょう?私たちも多様な社会の変化で日夜多かれ少なかれストレスを感じています。当然、釣では釣れないと強いストレスを感じます。この時副腎皮質からコルチゾールというホルモンが分泌されます。この量を測定すればストレスのレベルが判ります。

 

 最近の研究によると、強い濁水に曝されると強いストレスを受けたアユは縄張り内での侵入者を排除する行動を起こさなくなるので、友釣りの対象から外れてしまいます。濁水暴露の前後でのコルチゾールの量を湖産、海産、そして継代人工アユの間で比較してみると、湖産と海産アユは濁水に曝されると急激にこのホルモン量が増加しましたが、継代人工アユでは増加しませんでした(図参照)。これは人工種苗では、家魚化の進行に伴ってストレス感受性が鈍化していることが伺えます。コルチゾールレベルの上昇と血清免疫グロブリンレベル抑制がアユの細菌性冷水病に対する感受性を増加させていることも判っています。

 

 毛バリに食いつくとき鮎はストレス感じているのかな?なんて考えるよりも、今年もストレスの無い元気な鮎に会いに行きましょう!