アユのグルメを科学する ―石垢との深く、広く、新しい関係― | つくばね鮎毛鉤研究所

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清流の女王と言われる鮎を毛鉤でつる方法を”ドブ釣り”と言います。鮎がなぜ毛鉤に食いつくのか、どのようなデザインの毛鉤が効果的なのかを毛鉤を自作して研究しています。鮎の毛鉤釣りを科学しています。

  以前にこのブログで”アユの食性と歯の発達”についての研究を紹介し、鮎が川底の石に繁茂するラン藻類を主食として、この習性に合わせて歯が発達することを解説しました。今回は更にアユの藻類食について幅広い分野の研究成果を眺めてみました。なお、以下の解説記事は鮎毛バリ通信37号(2022)に掲載したものとほぼ同じです。

  

前にも述べたように一般的にはアユは川底の石に繁茂した藻類を食べることは広く知られています。また、多くの研究論文でも遡上後の主な食べ物は藍藻や珪藻類だとされています。しかし、消化管の中からはときどき昆虫も見つかります。興味ある例は静岡県の柿田川での例では、狩野川や酒匂川での例とは異なり、調べたアユの半数近くがユスリカ幼虫を食べていたことです(森岡ら, 1989)。柿田川は年間水温が一定で高く、かつ透明度が大変高いことで知られています。一見するとアユにはもってこいの環境であり、餌となる藻類も豊富にあるので虫など食べなくてもよいはずです。なぜかな? 石垢を食む際に虫も一緒に飲み込んでしまうのだという説もあります。

 

 今日多くの川で行われているアユの放流事業では養殖や飼養されたもの(以下人工アユと)が使われるので、人工餌の開発が必要になります。アユに何を与えて育てるかが問題になり、さらに、人工餌で育ったアユが放流された後に天然アユと同じように石垢を食べるかどうかについて天然アユとの比較も必要です。人工と天然アユを放流後に直接比較した例は多くはありません。人工アユでは放流直後では、環境に順応していないためか、胃は空の場合が多かったのですが、盛夏にトモ釣りで再捕された両方のアユでは食べている内容にほぼ同じで、放流後に時間が経過すると人工アユでも環境に順応して天然アユと同じような食性になるようです。

 

 アユは川底の石に繁茂した藍藻(石垢)を食べるのですから、垢に食欲を刺激されるのでしょう。食べ物に含まれる成分はヒトを含む動物の食欲を引き出しますが、魚が感じることができる物質の種類は、ヒトを含む哺乳類のそれとは異なっています。例えば、代表的な甘味物質であるショ糖に対しては、魚はほとんど感じないかきわめて感度が低いのです。一方、ヒトは殆どのアミノ酸類を味として感じることはありませんが、魚は多くのアミノ酸や核酸類を味覚だけでなく嗅覚として感じることが出来ます(庄司、1999)。これはアユでも同じですが、天然アユと人工アユで味覚感度に違いがあるでしょうか?もしあるとすれば、稚魚の飼養のための飼料の開発には大きな問題です。

 

 石垢のエキスやそれに含まれるアミノ酸類や核酸類に対する味覚神経の応答を調べてみると、琵琶湖産種苗アユと宮川の天然では各物質に対する効果は同じでした。アユは20種類のアミノ酸のうちアルギニンとヒスチジンには1リットルの水に約100万分の1グラム溶かした程度の濃度でも感じました。しかし、石垢のエキスと同じ強さの味覚刺激効果のある100倍濃度のアミノ酸の混合物を湖産アユの稚魚に与えてみても食欲は增化しませんでした(帝釈ら、2000ab)。まだ他に食欲増進成分があるのでしょう。魚のアミノ酸等に対する感じ方は魚の種類によって異なり、それはそれぞれの魚種の食性の特徴を反映しています。石垢が絡みついた毛バリで良く釣れたという理由も石垢の成分が原因かもしれません。旨み成分を毛バリに仕込んだら釣果が上がるかもなんて考えると寝られません!

 

 魚にとってアミノ酸類は餌を知るための味物質だけでなく、匂いとしても感じます。魚では同じ物質でも受け取る感覚器の違いでそれぞれ味と匂いなのです。

 匂いと味の区別:物質を嗅覚感覚器(鼻など)で感じると”匂い”で、味覚感覚器(舌、咽など)で感じると味なのです。

 

 匂いとしての水の中のアミノ酸類は味覚よりもさらに低い濃度で効果があります。コイ,モツゴ,タイリクバラタナゴ,ナマズなどもアミノ酸を感じることが知られていますが、生まれ故郷の川に帰って来るサケはその川の水に含まれるアミノ酸の組成を手掛かりにしています。ウナギやアユも海に下ってから遡上してきます。アユはサケと違って河口付近で仔魚期を過ごすので、故郷の川の味を感じやすいかもしれません。また、アユでは増水で海まで押し戻されても再び遡り、また釣れるようになる「差し返し鮎」「差し戻し鮎」と呼ばれる現象が知られていますが、これを導くのも故郷の味なのかもしれません。

 

 最近では川底の付着藻類とそれを食べる魚類との関係に着目して河川の環境機能を改善する技術の研究も行われています。これはアミノ酸による藻類の生長と魚の食欲刺激促進効果を期待してアミノ酸を混ぜたコンクリートブロックを使って河川環境を改善しようとするもので、アミノ酸処理ブロックでは明らかにアユの摂食回数が普通のコンクリートブロックよりも多くなりました(川島ら、2011)。このようにアユを釣る工夫だけでなく釣れる環境の保全や回復にもアユの食性を良く知る必要があるのです。

 

 

参考文献

川島大助ら(2011)河川技術論文集17

鈴木惇悦(1977)新潟県内水試報5:27-33

庄司隆行 (1999) 日本味と匂学会誌6: 169-178

森岡伸介ら(1989)水産増殖37:173-177

帝釈 元ら (2000a) 養殖研報30:13-25

帝釈 元ら (2000b) 三重大生資学紀要24:9-21