ガンの告知のあと

本当に頭の中がまっしろになった

無音 何も頭に浮かばない

まず意識したのが「死」

少し前に亡くした友だちを思い出す

たまたま休みで駆けつけたら1番だった

親族が席を離れ、2人きりになった

ようやく・・・

ようやく・・彼女の姿をマジマジと

見つめた



顔が小さく、頬はこけて、眼窩が窪み

腕も足も、関節が太く骨にはりつく皮膚

こんなに、こんな姿にならないと

人は死ねないのか?と慟哭した

人に会いたくない

という緩和ケアに入った人の心情を

おもんばかった



がむしゃらに目の前のことをこなしていたわたしが、立ち止まった

「死ぬこと」を考えた

学校の勉強以来に考えた

頭がアホになるくらい考えた

考えて考えて考えて考え抜いて辿り着いたら、それは「死ぬこと」ではなくて
そこに着くまでにいかに「生きるか?」
だった

病気が進めば、自ずと訪れる死ならば

わたしの力の及ぶ範囲のことではない

わたしの出来ることと言えば「死」まで

いかに「生きるか?」だと思った

今までのように、ただがむしゃらに生きたくはない

だからと手を合わせて、感謝を唱えながら生きるのも、わたしじゃないと思う

今まで生きてこられたのは、まぎれもなく周りの人の家族も含めたおかげだから
感謝は伝えよう。と決めた

「ありがとう」の安売りたい

必ず言おう!と決めた

ピンチはチャンス

病気発覚は、わたしのピンチだけど

これをチャンスにしよう!

わたしの子ども達のために・・・
必ず役に立つ生き方をしようと決めた

病気になったことは仕方ない

でもなったからこそ見える景色がある

その中でもがくわたしの姿は

必ず子ども達のためになる


死を視ること帰するが如し


人にいつかそれが訪れるなら

惜しみなく、わたしの気持ちを伝えよう
とも決めた


かあちゃんの大きなたくましい背中を見て育った我が子は、どの職場の人からでも

「なんかが違う」
と言われるらしい

それが、最高に嬉しい

やったね、舞子👍👍