昨日は孫の誕生日

当時のことがありありと思い出されました😢

赤ちゃんの育ちが悪いから入院を勧められた娘
泣きながら電話がきた
「大学病院か?子ども病院か?どちらか選びなさいと言われた、どっちにしよう」
大学病院は遠いから子ども病院にしてもらう

毎日毎日、子ども病院に通ったよ 近くに移転したばかりで良かった

娘の浮腫で顔も変わり入院は1ヶ月になった

入院しても赤ちゃんの育ちが悪いから、陣痛促進剤使って分娩することになった

なかなか来ない赤ちゃん
分娩は2日にまたがった

わたしのお産はすべて軽かったから、とても心配した

ようやく生まれた赤ちゃん
あまりの小ささに内心びっくり 育つの?と・・・

NICUに入った 
保育器の中の孫は両手に収まり 抱くのが怖い

娘が先に退院して、孫が退院するまでは、毎日毎日母乳を届けた

ようやく孫も退院して、やれやれの金曜日に我が家でささやかなお祝いをした

忘れもしない翌週の月曜日
2月29日に娘の通う高校から電話がきた「足の骨の折れるけがをしました。救急車を呼んでかかりつけの大学病院に向かいます。そちらに来てください」

先週に定期診察に夫と娘は行ったばかり、先生に
「骨折に気をつけて」
と言われたらしい

お産の時に回避した大学病院にやっぱり行くの?と心の中で叫ぶ

偶然いた夫と共に大学病院に向かう 右足はパンパンに腫れていた
骨はポッキリ折れて皮膚を突き破りそうになっている 
キレイに折れているが骨自体が(すねから下)もろいのでプレートを固定する手術が出来ない為、創外固定を行います。と言われた

発熱があるから、様々検査して手術は明日行います

とも

明日は娘の高校の卒業式
6年通った中高一貫校の卒業式行けないなんて・・・

近所の人は娘の出産祝いに来たり、また次女の骨折のお見舞いに来たり、てんてこ舞いだった

1月の大学受験に手応えを感じて受験する大学を増やし受験料の支払いが終わったばかりだったけど、行けない
もちろん、先に申し込んだ大学受験も行けない
(え?もしかしたら受験料はどぶに捨てた?)と身悶えしたわたし

手術は成功したが地元の国立大学は落ちた
先生の話しの時に
「創外固定をする期間、リハビリする期間、創外固定を抜去手術したあとのリハビリを考えると予定する退院は今年の9月です」

まだ3月なのに❗

「そこでわたしの提案ですが、浪人しませんか?大学受験はまた来年受けて国立受かりましょう」
考えていたのだろう娘は
「いえ、浪人はしません。京都の大学を合格しているからそこに行きます」
というではないか
医師は
「お父さん、お母さんの考えはどうですか?」
「娘の決めたように」
と答えた夫
すると医師は

「では、系列の京都大学病院に連絡を取ります
あちらで診察を受けて、抜去手術もあちらで受けてください。但しまた骨折した場合、こちらで手術した部位だからこちらで、再手術になります その場合は大学は休学になりますよ」

「はい、注意します」
と、答える娘

「京都に行かれるなら身の回りのお世話をする人が必要かな?」
みんなわたしを見る
「え?わたし?京都に行けって?」
思いがけない話しの展開
「足に創具をたくさんつけていますから、不自由ですよ」
には、力なく
「はい、分かりました」
と答えるしかない

孫の世話は、娘と母に任せてわたしは大学に毎日のように電話をかけて入学手続きをした 

同じ私立大学でも、医学部看護科の娘と文学部国文学科の娘では、入学にかかるお金が桁違い!

こうして4月2日の入学式に向けて3月31日に大学病院から博多駅へ そこから新幹線で京都に向かった。息子も同行してくれた




いろいろあって今がある🍀