膿胸の手術の予後が悪くてぐずぐずしていたら年を越した

それでも、スッキリせずに発熱=入院・手術を繰り返して8か月経った頃、あまりの痛さに直訴して手術前提の入院になり
手術の結果「骨髄炎」と病名を告げられた

「ごめんね~」
「痛かったよね~」
呆れて返事もできなかった

「痛い」て言ったよね?
「痛さが違う」言ったよね?

骨が腐って落ちていた・・聞いて想像して吐きそうになる

問題はその後

逃げるように(私悪くないのに)退院してしまった

痛い時期が長過ぎて、左肩のまわりの動きが悪い
日に日に悪くなるのが分かる

左腕が、内側に曲がり、体にくっつく

左手は動かない、両手で出来ないのだ

トイレ行く、下着下ろす
用を足す
下着を上げる❗上がらない❗
左手は下着もつかめない❗

特に私は神経さわっているから、トイレはおならでも、行きたくなるのに。
困るなんてもんじゃない

顔も洗えない
髪も洗えない

料理できない 玉ねぎの皮がむけないの この時は台所で1人で泣いたな

痛みを伴う動作
でも、このままでは、尚良くないのは、分かる

リハビリの必要性を痛感した
退院を急ぐんじゃなかった
リハビリの必要性を問えば良かった 私の不自由さをもっと、熱心に訴えれば良かった

あまり後悔はしたくない性分だけど、こればかりは悔やんだ

腕の良い病院を探した
リハビリの通所期間は決まっているから、必死に通い 自宅でもしてもらった

今は、全く前と同じではない
やはり、不自由はあるけど
今の体に慣れることも、私のつとめと今なら思える




どこが不自由でも、他が補う人のからだの不思議に感謝