東海アマさんの死刑制度反対に関する私の考え !




                    




...........................................................................      バカボンのパパ(天才バカボン) : お父さんキャラクターが集合した ...




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死刑制度の大好きな人が多いようでマレーシアの麻薬運びの看護婦の死刑判決について冤罪

でない正当だと言いたがる人が多いみたいだ。オレは、どんな犯罪であっても死刑判決それ自体

が冤罪の証拠と言ってる。死刑支持9割の日本で理解できない人が多いと思うが残念ながら

オレと縁はないと思ってくれ




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東海アマは死刑に絶対反対です! 人を裁けるような人はいない。

人は必ず失敗する、どんな馬鹿なこともするものだ。間違えた人を制裁報復し殺害して解決する

という発想は、あまりに愚かだ。間違えた人には教育、治療、是正、訓練が必要なのだ。

分からない心の偏狭な人はサヨナラするしかないな   





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犯罪者に命で償わせて責任をとらせるとか教育更正に税金を使うなとか言う人は、自分が社会

からどれほど援助を受けてきたか気づいていない愚か者だ。我々はいつ事故で障害者になるか

分からない。障害者を小馬鹿にする人は障害者にならねば愚かさを理解できない。

犯罪者を制裁する人も犯罪者になるだろう



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死刑制度を支持する方は東海アマとは根底から相容れません。ただちにブロックを薦めます




wanton

実を言いますと、私はこの件に関しては、ずっと触れないでおこうと思っていました。

そして、これからもそのようにしようと考えていたのです。

にも関わらず、記事にした理由は、私の心の内なる声に応えたものです。

勘違いしないで欲しいのですが、私はこの東海アマさんの主張そのものに反論するつもりは

ありません。 人それぞれに色々様々な考えも信念もおありでしょう。

そもそも、この私は、死刑制度について議論する気は毛頭ありません。

人それぞれの価値観で争ったって、そこからは何も生まれません。

そんなもので人を色分けしたり分断したところで、一体何になるでしょうか。

今の私たちには、もっと大きな事があるのではないでしょうか。

子供たちを始めとした日本国民の命や安全を守り、日本国解体と日本民族の滅亡を阻止する !

この一点の崇高な目的の為に、小異を捨て去り、大同につく事が真に求められています。

東海アマさんは、小異などでは絶対にない ! ・・・とおっしゃられると思います。

まさに人間の在り方としての根幹に関わるものだと反論されると思います。

私は、これに関しても異を唱えるものではありません。

前にも申した通り、人の価値観に関して争っても何も生まれないからです。

ただ、その考えを前面に出さず、ひとまず秘めておく事は出来ると思うのです。

何にも増して、崇高な大儀を掲げて戦い抜く覚悟があるのであれば、それに邪魔になるものは、

心の奥にしまって置くことは出来ると思うのです。

ただ、その大儀よりも御自身の哲学的信念のほうが大事だと申されるのなら話は別ですが。

しかしそうしますと、それは、ほとんど個人的な趣味の世界の話になってしまいそうです。

そうなってしまいますと、これから先、決して大きな流れにはなっていかないと思うのです。

そんなものに、いつまでもついて行くほど、人はお人好しでも暇でもないでしょう。

大きな大儀のためには、例え小異ではなくとも、小異にしてしまうのです。

それこそが、私の一貫した本心からの不変の信念な訳ですが。

今現在、ただでさえ、心ある日本人に対して、ありとあらゆる分断工作が行われています。

こんな事で、更に分裂して一体何が得られるというのでしょうか !

これから先、日本国内でも数少ない心ある人間が大きくまとまっていかなければ、

決して、夢と希望へと続く日本の未来は開けていきません。

中でも、東海アマさんは格別に得難い大切な人だと思います。

どうか、もう一度、ゆっくりと考え直していただけないものかと希望致しております。

最後に、繰り返しになりますが、死刑制度については、私は人と議論するつもりは毛頭ありません。

ただ、仮定の話としてなら出来るかと思います。

今問題になっている東京湾や、その他の海岸線において、今まさに再度、核爆発を起こそうとしている

人間が、もし目の前にいたとしたら、私は躊躇する事なしに拳銃の引き金を引くでしょう。

これは、もしかしたら、東海アマさん的にいうと、死刑制度云々よりも、更にもっと悪い行為だと

非難されるかもしれませんが、その是非を論じたところで仕方ありません。

私的に申せば、そうする以外に無いという事です。

それが大きな罪悪であるとされるなら、私は喜んで極悪人にさえもなりましょう。