昨日書いたとおり、鳥取は三朝温泉に逗留している。

 

あまりの居心地の良さにずるずると滞在が長引くにつれ、生活パターン、というか入浴パターンが決まってきた。

 

早朝に一仕事片付け、まだ涼しい温泉街を抜けて河原の温泉へ。

 

旅行者もいるが、早朝なので大半は地元の人たちで、よくある「銭湯カゴ」を持ってサンダル履きでやってきている。

 

そうした人達とおしゃべりをし、その土地の良さや見所などの情報収集をするのもまた楽し。

 

そしてなによりも、河原にある露天風呂ですよ、露天風呂!

 

朝陽が水面に煌めくのが閉じた目蓋を通して感じられる。

 

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湯は熱いけれども川の上を渡る風は涼しい。何時間でも入っていられる。

 

が、宿の美味しい朝食が待っているので、1時間くらいで切り上げる。

 

小さな居心地の良い宿で、女将さんの心尽くしに舌鼓を打ち、食休みに下駄で散歩する。

 

この下駄、境港で見つけた下駄の専門店で購ったもので、普通の桐の二本歯のと、天狗か修験者が履くような一本歯のと二足ある。日により気分により履き分ける。

 

その後、マンドリン(過去記事参照)をぶら下げて「かじか橋」へ赴く。
(この時は、万一転ぶと困るので、二本歯の下駄だ。)

 

この橋の上には「かじかの湯」という足湯があり、しかし平日の昼間はあまり人がいない。

 

そして大事なのは、足湯には東屋のような日除けがあること。

 

なのでそこでマンドリンの練習、時々足湯。

 

ここでも、通りかかる地元の人と言葉を交わすことがあり、そのうちの一人は奇遇にも、私の宿のご親戚だった。

 

昼ご飯は何か適当なもの、といっても、朝食で美味しかった地元の食品などを買い食いしたりする。

 

これまでのところで気に入ったツートップは、橡の実を使った「とち餅」と、材料の半分以上が豆腐だという「豆腐ちくわ」。

 

午後になると、昼寝をしたり、この三朝温泉の湯元ともいうべき「株湯」に浸かりに行ったりする。

 

ここには銅像があって、説明が書かれている。以下転記。

 

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三朝温泉の発見 大久保左馬之祐と白狼

むかしむかし、大久保左馬之祐ちゅう源義朝の家来が、主家再興の祈願をするため、三徳山にお詣りになった。

 

その途中、ごっついくすの木の根株に、年ぃとった白い狼がおるのを見つけ、すぐに弓で狼を討つってしなったが、「まてよ殺生はならんならんぞ」と思いなおし、見逃がしてやんなっただってぃな。

 

そしたらその夜ぅさ、妙見菩薩が夢枕に立ちなって、使わしめである白狼を助けてごいた礼だと言って、「かの根株の下からは、湯が湧き出ている」と教えてごしなった。

 

それからずうっと三朝の湯は、こんこんと湧いて八百何十年にもなっとるちゅうこってす。
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この株湯、43.5度もあって痺れるほど。

 

やはり地元の人達が毎日のように通う銭湯だけれども、掛け湯しかしないという人もいるし、たいがい「ウ~ッ」と唸りながらせいぜい二度も浸かれば上がってしまう。

 

熱い湯もぬるい湯も、おかまいなしに大好きな私は、ここでも1時間は費やす。

 

ただ、ここ三朝の湯は非常に湯冷めしにくく、いつまでも身体が温かい、というよりも熱いので、株湯の後は2時間くらいは汗がダラダラと流れる。

 

そのあと、また昼寝をしたり、マンドリンを弾いたり、昼と同様に適当に夜食を口に入れる。

 

夕涼みの散歩をして、橋の上から河鹿(カジカガエル)の美しい鳴き声に耳を傾けたり、このところ毎日揚がる花火の見物をするなどしてから宿に戻って、また一仕事。

 

夜中になって、他の宿泊客が寝静まった頃、宿の静かな内湯(これももちろん源泉掛け流し)にゆったりと浸かる。

 

そういうパターンだ。

 

と話すと、地元の人は「そりゃワシらよりも入っとんな」と笑うが、これぞ「湯治」ではなかろうか。