おお、こんばんは。ようこそここへ。
さあ、もっと火の近くへどうぞ、奥さん。
だいぶ寒くなりましたなぁ。焚き火が嬉しい季節というわけだ。
いま珈琲を淹れようとしてたところ……おっと、紅茶の方がよろしいか?
いえね、あれは去年の今時分だったか、ある娘ッコがここへやって来ましてな、紅茶が飲みたいなんぞと言うたんですよ。
それ以来、紅茶も用意しておくようになったんですがねぇ。さあて、あの娘は今どうしているやら。
え? お茶の方が? おや、ちょうどお持ちでしたか。
それじゃ早速それを頂きましょう。ほう、加賀の棒茶?
へえ。わざわざ茎だけ集めたお茶なんですか。それをほうじ茶にして。ふぅん。
・・・ほお。これは透き通った綺麗な色合いで。優しい、円やかな味ですな。気に入りました。
奥様は金沢の方なんですね。
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あ、いや、気付いていましたよ、耳がご不自由らしいということは。
ワシの姉貴も耳が不自由でしてな、それにまあ、年配の方と話すことも、いろいろ多いですからな。
だから話をするときには、こちらの口元を見せてゆっくり話す。目を見て、分かってもらえたかどうか確かめる。それだけのことですよ。
・・・・・はあ、そういうふうに話してもらえなくて、相手の話が分からないことが多いと。それはまあ、そうでしょうなぁ。
・・・・・ふーむ、成る程。奥様としては、自分が話したいことを話して、聞いてもらっているのに、相手の話を分かってあげられないのが、心苦しいと。
でもねぇ、そんなに気になさるこたぁ、ないんじゃありませんかね?
ま、本当に聞いてあげたいとお思いなら、「口を見せてゆっくり話して」って頼めばよろしいでしょう?
なんなら、紙と鉛筆を渡して書いてもらっても良い。ああ、いつもお持ちでしたか。
でもね、ワシはそこまでしなくてもええんじゃないか、と思うんですよ。
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あ、ちと火が消えかけてますな。
そっちに竹があるでしょう。取って頂けますか。竹は脂分が多いんで、小割にしてくべると薪が良く燃えるんで。
え、割ってくださいます? こりゃどうも恐縮で。
ああ、ちゃんと先の方からお割りになりますな。「木元・竹先」っていう割り方は、ワシはわりあい最近になって知りましたよ。
どっちが先でどっちが根元の方か、薪だと分かりにくいですけど、竹なら節を見れば分かりますからねぇ。
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それで、と。
奥様は奥様で、話したいことがあって話す。相手も相手で、話したいことがあって話す。
それを聞く方は、ただ聞けば良い。耳を傾けて「聴く」ってだけで良いんじゃありませんかい?
何かアドバイスをしてもらいたいとかいうんでもなければ、別に批判も意見も欲しいわけじゃない、ただ「フンフン」と頷いて欲しいだけでしょう?
だったら、多少は細かいところまで分からなくても、聴いてますよって印に首を縦に振ってりゃぁ、それで良いのと違いますかい?
いえね、これはワシが最近、この歳になって判ってきたことなんですよ。
ワシには悪い癖がありましてなぁ。
他人の話を聞きながら、細かいところまで根掘り葉掘り確かめる。それで、自分だったらこうする、なんて余計ことを、ついつい言っちまう。
ところがね、それは話の腰を折ることだし、実はワシの拙い意見なんて、求められてはいない、っていうことに、ようやっと気付いたんですわ。
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ヒトっていう生き物は、ただ話したいだけ、ということが、実に多いと思いませんかい?
ことに、独り暮らしだったり、身近に話し相手がいなかったりすると、そりゃぁもう、話したくて話したくて、たまらなくなっていることもあるようですわ。
例えばですけどね、ワシが以前に居候していたお寺の奥様は、普段はお一人で黙々と、境内の草を取っておいでなさるんです。
でもって、見知らない人が境内をうろついていたりすると、「あんた誰?!」なんて、ちょっとおっかなかったりするんですよ。
ところがね、ちゃんと挨拶をしてお見知りおきいただくと、今度は実に饒舌におなりなんです。
ついこの前、顔を出したときにも、「こんど公民館の人達がこのお寺の見学に来るから、あそこの所をきれいにしとかなきゃと思って、草取りをしているのよ。ほら、あそこまで済んでるでしょ。つぎはあっち」。
てな具合に、話が止まらなくなって、マンドリンの稽古に遅刻しそうに……あ、そりゃどうでもいいこってすな。
あるいは、そのお寺の隣に住んでるお人もね、猫をたくさん可愛がっていて(ワシにもお気に入りの子がいますけど)、実は猫が主な話し相手じゃないかとも思えるんです。
でもワシが顔を出そうものなら、その猫たちの話から、畑に蒔いた種の話から、手に入れた古~い耕耘機(なんとクランクでエンジンをかける)の話から、ありとあらゆるコトに話題が絶えなくてねぇ。
そりゃ面白い話ばかりではあるんですがね、あっという間に1時間や2時間も経っちまう。
それからね、これもつい最近のことですがね、やはり独り暮らしをしてる親類の所に行ったらば、このおしゃべりなワシが口をはさめないぐらい、次から次へと話が出てくる。
お暇しようとして最後に聴いた話といえば、具合が悪くて買い替えなきゃならないかもしれないと思っていた家具を、自分でよく調べて、直せたよ、っていう話。
いずれの話にしても、ワシにできることは、ただ「聴く」だけでしたサ。そういうものなんですよね。
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たしか徒然草でしたかね、「おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざなれば...」とかいう名言があるそうじゃぁないですか。
話したいことは、話してしまう。それが健康に良いわけですよ。
でもって、聞く方は、たとえ解っても解らなくてもいいし、むしろ、たとえ意見したりしたくなっても、それをやっちゃぁいかん、ということのようなんですわ。
だから奥様も、あんまり気にせずに、言いたいことを言っておしまいになればよろしいんではないかと。
相手も、言いたいことを言うだけのことで、それはお互い様。たがい「ウンウン」って頷けば、それで万事、問題なし。
と、思うんですよネ。いかがです?
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えへ。お気づきでしたか。
こ~んな説教臭いことを垂れて、ワシは今言ったことと完全に矛盾したことをやらかしてる。ですよね?
まあこりゃ、性(サガ)ってヤツですね。死ぬまで治りゃせんですわ。
え? 普段は聴き手がいないだろうって?
そんなこたぁないですよ。ワシは自分の「健康」のために、あっちこっちに「聴き手」をキープしとるんでサ。
それでも足りなきゃ、ひとりごとをブログに書く、と。
あはははは……
Acknowledgments:
It's all sincere thanks to Y.K, S.M & R.S.