さてその2です。
2つ目の要因からスタートです。
②運が良かった
こう書いてしまうと抽選の運かと思われるかも知れません。
もちろんそれもかなり大きい要因でした。
中学校A組の部は2日間の開催で、KJBは初日の5番目。時間は午後14時過ぎ。
半日練習が大半のKJBにとっては、本番の時間がベストでした。
朝から学校に集合して音出し・合奏・移動・昼食・本番という普段に近い流れで演奏が出来た事、また初日は23校出たのですが、その内金賞は10校という結果でしたので、比較的審査員の票が割れた(上手い学校が2日目に集まった)ことも大きかったです。
2日目は24校中8校の金賞でしたから、2日目の出場だったらA3つは厳しかったと思います。ちなみに抽籤をしたのはブラスおじさんで~す(^^)
そういう意味でくじ運も良かったと思います。
しかしこの年は他にもいろんな運に恵まれていました。
まずは新チームがキックオフして3ヶ月後にホールで演奏する機会があったことですね。
11/初旬にH市吹奏楽フェスティバルがありました。
これは市民会館の工事の都合でで例年の2月からその年に限り11月へ変更されたのです。
その時に演奏したのは、文化祭でも演奏した「エンターテインメント・マーチ」と、ももクロの「行くぜ!怪盗少女」でした。
まずKJBでこの時期にグレードの高い曲は無理ですから、企画でステージ度胸をということで、思い切った事をしました。
普通のバンドなら、ももクロの振り付けを前で踊るのでしょうけど、最後以外は全て生徒たちに任せたところ、なかなかハードなアクションを盛り込んできましたね(^^;
https://youtu.be/Ri_f-fx5EO8
この本番はことのほかクラブの一体感形成とホール経験に役立ちましたね(^^)v
たまたまこの年に市民会館の耐震補強工事があったというこれも一つの運ですね。
まだあります。
例年2月のH市吹奏楽フェスティバルが11月に前倒しされた事により、2月の本番が無くなってしまい何か代わりを考えないとと思っていたところ、524先生からの打診により「真冬のバンドフェスティバル」が開催されることになり、H市以外の中学校との合同演奏が出来たことも、大きな経験でした。
またこの時はインフル大盛況で、本番当日に18名も欠席(しかも結構中心メンバーが欠けました~)するという大ピンチに見舞われ、本番3日前に演奏曲を大きく変更したのですが、にも関わらず大きな事故もなく臨機応変に対応出来たことは、大きな自信に繋がりましたね。
この時までKJBは単独演奏会を行っていなかったので、30分の本番経験も貴重なものでした。それが功を奏して、単独発表会へ繋がりましたし…
そして単独発表会の開催。
単独演奏会をやりたいという機運は、年を明ける前から生徒達の中で高まっていたのですが、2月の真冬を挟んでその機運がさらに高まり、開催することに決まりました。
(まあブラスおじさんが半ば強引に引きずって行った感もあり、生徒の中には反対派もいましたが…(^^;)
時期的にはコンクール曲発表を目的にしたいという事で、1学期の期末テストに入る前の6月中旬、規模はそれほど大きくはせず2部構成、学校の体育館で保護者・生徒を対象とした形態です。
運動部の活動も活発であり、体育館の確保には先生方にかなり頑張って頂きました。
折角なのでその時のプログラムも載せておきます。
第1部
1.セドナ(カット版)
2.行進曲「勇気のトビラ」
3.オセロ 1・3・4楽章
第2部
1.君の瞳に恋してる
2.レット・イット・ゴー
3.ブルースカイ・カーニバル
アンコール
1.エルザの大聖堂への行列
2.銀河鉄道999
3.シング・シング・シング(カット版)
実際にはこの発表会前はクラブの状態がグダグダだったので、満足できる出来ではなかったのですが、KJB41の良いところを十分に発揮できたと思います。
この単独発表会が開催できるようになったのも、いろんな要素が絡み合って運が良かったと思います。
さて「運が良かった」の最大の運は、自由曲に「オセロ」を前年の11月初旬には決定していたことですね。
何でオセロを選んだのかというと、KJB41のバンドカラーと編成がオセロをやるのに適していたことが一番の理由です。
それに加えてブラスおじさんが大学時代にチューバ奏者でコンクール自由曲として経験していたこと、一般バンド時代に指揮者としてコンサートでやった経験によって、曲の構成が全て身についていました。
また、大学バンドや一般バンドという大人のサウンドのイメージが出来ていたため、KJBの指導でも、高いレベルを要求出来ました。
この年にオセロを選んだのは編成的に必然だったのかも知れませんが、ある意味では運命だったのかも知れません。
また早めに選んだことにより、サウンド作りが秋から春にかけてしっかりと出来てレベルアップに繋がったのも大きかったですね。
このように様々な『運』がこのチームには働いたのでした。
まだまだ引っ張りますね~(^^;