さて、ブラスおじさんと吹奏楽の第3話です。



中学1年の6月初旬に、吹奏楽と運命的な出会いをしたブラスおじさんですが、前回にも書いた通り、パーカッションがそのスタートです。
それまで音楽は、小学校の授業以外で、全くやっていませんでした。

その小学校時代の話しを少しだけ紹介しておきますね。




現在ブラスおじさんは、H市のKというところに住んでいますが、ここに引っ越してきたのは、小学校1年の夏休みです。

2学期からの小学校は、歴史のある、H市立K小学校です。
クラスは1年『ろ』組でした。その当時は、『い、ろ、は、に』というクラスでした。f^_^;
その頃のKは、どんどん住宅が増え、人口が増加中でした。教室もプレハブでした。
そして4年生になった時に、新しくK南小学校が開校したので、そちらに移りました。3期生ということになりますね。

5年生になった時に、音楽専門の新任のN先生が来られました。
このN先生は、後に中学校へ変わられて、H市内のいくつかの中学校で、吹奏楽部の顧問として活躍され、2年前まではH市吹奏楽協会の会長もされておられました。
何か運命的なものを感じますねp(^^)q


ちなみに中学校もその後に開校し、ブラスおじさんは、4期生となりました。今年の入学生は42期生ですので、かなりの年月が経ちましたね~
f^_^;



さて中学校の話しに戻りますが、当時のブラバンは、出来たばかりのクラブでしたので、楽器や部員も少なかったです。
ないパートもありましたよ!
サックスはアルトが一本だけ、ホルンは無し、トロンボーン一本、ユーフォ無し、チューバは楽器は一本ありましたが、奏者がいてない状態でしたね。
パーカッションにあった楽器は、スネア2台、ベードラ1台、C.Cym2セット、グロッケン1台だけしかなく、小物の楽器もほとんどありませんでした。(>_<)
『闘牛士のマンボ』という曲をやったのですが、ドラムの楽譜を、4人にわけてやってましたね♪

今の部員さんは、全く想像出来ないのではないかな~?



さて入部当時は、板打ちの基礎練習が毎日続きました。
楽譜を読むのは不思議と苦労しなかったですね。
小学校の音楽の授業で、ある程度のレベルの楽譜ならば、みんな読めるようになってましたね。
どうも今は、そういう授業をやってないみたいですね。(>_<)

昔と今は、スタート時点でかなりの差があるようです。(T_T)
昔は目と頭で楽譜を読んでいましたが、今は耳が中心みたいですね。

なんとか小学校で、基本的な譜読みを教えてもらいたいですね!


今回は、かなり脱線が多かったので、長くなってしまいました~m(__)m

次回はもう少し、クラブの状況を書きたいと思います。
それではまた~(^-^ゞ