昨日は昭和62年秋の普賢岳の様子を紹介したが、普賢岳噴火は平成2年の11月17日だった。
職場からその噴煙が見え、「山火事があっている・・」とみんなで話したものだった。
それが噴火の始まりで大火砕流や土石流などの被害を受け、私は平成5年の3月までその渦中にいた。
普賢岳登山が解禁されたのは平成11年頃だったろうか?その後、新登山道が復活開通したのは昨年5月9日であった。22年ぶりに登る新登山道は懐かしく、それ以来、四季折々に楽しませてもらっている。
昔を思い出す方もいらっしゃるかと思うが、昨日アップの内容に関係した噴火前の登山道の説明を掲載してみたい。
わかりやすく昭和61年初版の『マイカーで行く九州100山峰』の文書を引用させて頂きたい。
仁田峠-(20分)-妙見岳-(30分)-国見岳ー(40分)-(普賢岳)-(50分)-鳩穴-(20分)-普賢神社-(50分)-仁田峠

妙見、国見、普賢の三山一周は約3時間半の行程である。(これから仁田峠を出発して妙見、国見、普賢を登って紅葉茶屋まで下ってきた説明を省く。)
再び紅葉茶屋に戻り、広葉樹林の下を普賢岳の北側を廻るように行くと、道の右側に距離を置いて4個の風穴がある。
これらは江戸時代から明治にかけ天然の冷蔵庫として、蚕卵などの越夏用に使用されたもので、風穴の入口周辺には当時の名残りをとどめる石積みが現存している。
この道すじにはヤブレガサ、シモツケソウ、ヤマアジサイ、ハナイカダなど珍しい野草を多く見かける。
3番目と4番目の風穴の中間から左折して下れば、焼山を経由して島原市に至る。
4番目の風穴から数分で左(北)折すると、10分余で大洞穴の鳩穴につく。約二百坪の陥没した穴の底には真夏でも氷塊が累積しており、仁田峠の熱気とは嘘のような差異に驚く。
鳩穴から普賢池に行く途中の左側に、河野稲荷神社の赤鳥居を見る。約二百坪の普賢池の水は濁っていて飲料には適しない。ここから10分で普賢神社につく。
右に本殿、左に社務所兼住宅が巨岩の下にある。この神社の左側裏手を行けば、先に述べた普賢岳山頂のすぐ下のルートに出る。
右に本殿、左に社務所兼住宅が巨岩の下にある。この神社の左側裏手を行けば、先に述べた普賢岳山頂のすぐ下のルートに出る。
神社からは原生林の中の道幅のあるゆるやかな下り道で、樹木の種類も多い。(23種類書いてあるが省く。)
アザミ谷と出合う所まで30分、さらに歩道を20分で仁田峠ロープウェイ乗り場の東側に出る。
<当時の思い出>
○S市内に住んでいたのでけっこうハードな焼山登山コースでトレーニングをしていた。
○鳩穴の中に入ると薄暗く氷も存在していた。
○普賢池は広く、冬は凍っていて池の中で雪合戦などをしていた。
○普賢神社の社務所に一度泊まったことがあった。