25日、友人と多良山系西野越のオオキツネノカミソリを見に行った帰り、夕食はぎゅう○で食べて、川まつりがある場所に向かった。
駐車場が3ヶ所準備されており、できるだけ近くにと思い向かった場所は満車で入庫できず、かなり離れている河川敷の駐車場に駐めた。
皆さん、ぞろぞろと歩いておられ橋のところで待った。

この催しは昭和32年7月25日、集中豪雨で犠牲になられた630人の尊い御霊のご冥福を祈り、災害に強い町づくりを決意するために本明川一帯で開かれている。
小さい頃、長崎勤務の父親がこの災害復旧のためにかり出され、しばらく帰ってこなかったことは覚えている。
防災講座などでも当時の状況の映像を見たりしているので、その恐怖は計り知れないかも・・。
この時期、夏山に出かけたりすることもあり、この川まつりをまともにゆっくり見たのは初めてかも知れない。

その人出はすごくて、毎年こんな大勢の人達が見に来ているんだなあというのも驚きであった。
待ち遠しかったが、8時から開会式で黙祷、挨拶があり、川付近に万灯が灯され眼鏡橋のイルミネーション、そして、8時半から花火と光と音の饗宴であった。



彼女は1時間程の家に帰らなければならないので、この分じゃ帰路も大変だと花火の途中に駐車場に戻った。(花火はよく撮れず・・・、連写すればよかったのか?)