確かに、現代社会では、科学技術が発達していて、大気汚染や水質汚濁から地球温暖化・オゾンホール・森林破壊などの地球環境問題、さらには原発事故や核戦争の危機までさまざまな問題が引き起こされています。
また、科学を推進する理性についても、その意義を疑わせるような事態が発生していて、学校教育のなかでの過度な競争、学級崩壊、いじめ、ひきこもり、自殺など、教育の荒廃には目に余るものがあります。
しかし、こうした事態は、ほんとうに科学や理性に原因があるのでしょうか?
むしろ、資本主義による利潤第一主義による、サービス残業や長時間労働、パワハラ・セクハラなど、人間軽視こそが問題なのではないでしょうか!
人間は、たしかに、感性によってこの世界をとらえていきます。
しかし人間は、たんに感性によって世界をとらえるだけでなく、それを理性によって整理・分析・総合し、抽象化・一般化して、本質を見抜いていく力をもっています。
そういう点では、感性にもとづかない理性は有り得ないし、理性の裏付けのない感性だとはいえません。
感性が大事か理性が大事か、という問題ではないのです。
科学は、事実にもとづいて、ひとつひとつ確かめながら、合理的な認識を獲得していく活動です。
それは、事実にもとづく 議論ですから、誰でも参加できます。
そして、科学は、合理的な認識を与えるものですから、はじめは難しくても、やがて誰でも納得できます。
科学は、事実にもとづけからこそ、誰でも参加できるし、必ず合意は広がります。
科学はまさに民主主義なのです。つづく…