kaleidoscope chamber orchestra (Chandos) 96Khz/24bit
ファニー・メンデルスゾーンが弟のフェリックスと負けないぐらいの音楽的才能を持っていたことはクラシックを聴く人にとっては今や周知のことだろう。実際に父親も姉の方の才能を認めていたし、フェリックスも自分よりも才能が有るという言葉を残している。『無言歌』の考案者でもある。しかし、当時良家の子女が職業としての音楽家になるということは考えられなく、家庭で男性の成功のために尽くすということが求められファニーもそれに従って忙しい弟に代わりメンデルスゾーン家主催の音楽会の取り仕切りなどを行った。ライプツィヒに今でもメンデルスゾーン・ハウスとして残る屋敷は相当大きい。定期的に音楽会が行われる中庭もかなり大きく、最大300人ぐらいは入れるので私的音楽会の域を優に越えていただろう。葛藤はありつつも仲良しの姉弟だったので喜んでやっていたのだと思う。
それでも自分で演奏したり私的な作曲は続けていて600曲ぐらいの室内楽中心の曲を残しているというのはすごいことだ。
そんな、『家』に尽くすファニーがようやく作曲家として出版したのは1946年、40歳になったときでここに収録されている『ピアノ三重奏曲op.11』は1946年に作曲され1947年に発表された。まさに作曲家として本格的な作品を出していこうというその年5月に脳卒中で世を去ることになりこの曲は彼女の最高傑作という形になってしまった。4楽章制で独創的な主題の展開と美しいメロディの宝庫の素晴らしい曲だと思う。
『ピアノトリオ』の方は17歳の時の作品で、自らが演奏したであろう主題の美しさとピアノの華麗なパッセージが魅力的。もう少し長生きしていたらフェリックスを凌ぐ交響曲を書いていたのだろうか。
一方、フェリックスの『ピアノ六重奏曲』はピアノ+弦楽五重奏という珍しいユニットのための作品。これは日曜演奏会のために特定の仲間の演奏者を想定してかかれたものではないだろうか、ピアノが絶えず活躍して弦楽隊の影は薄いが緊密な構成の曲。書いたのは若干15歳の時だがこれぐらいの曲はフェリックスにしてみれば朝飯前だったのだろう。翌年16歳で完成度の高くて有名な『弦楽八重奏』、その翌年には『真夏の夜の夢序曲』などを書いてしまっているのだから。
早熟な天才として似通っている音楽史上に残る姉弟だが同じ年に同じ病名で亡くなるとは、そこまで仲良くすることは無かったのに。
2022-988