大日本テロル
「兵隊さんは命がけ!」(2001)
「新しい神様」という映画を観た。
ある右翼活動家の若者達を追ったドキュメンタリーである。
作品中、その若者達は演説などの街宣運動の傍ら、自らの思想を引っ提げて、維新赤誠塾というバンドとしての活動も行っていた。
そのバンドの主要メンバーが後に結成したのが、今回紹介する大日本テロルである。
ボーカルと作詞を手掛けるのは、今や左翼系作家として絶大なる支持を集める雨宮処凛。
彼女はパンクバンドのボーカリストとして、類い稀なる才能を持っている。
"安保・安保・アンポンタン"とか、"兵! 兵! 徴兵制"(Hey!と兵!を掛けていると思われる)とか、正直どうかと思うぐらいダサイ詞でも、彼女がしゃがれた声でシャウトすると、そりゃもうとんでもなくカッチョイイ。
完全にアジテーター向きの声である。
だから本作は思想はさておき、単純にパンクのアルバムとして、真っ当に評価されるべき名盤である。
まぁ元が自主制作で、現在はレア盤だから入手は難しいとは思うが。
さて、少し映画の話にも触れておきたい。
映画は若かりし日の雨宮処凛を中心として描かれる。
作品中、彼女は「自分なんて無い。だから究極的に信じられるものを求めている」、「政治運動やってんのも、日常の苦しさを和らげる為の道具かもしんない」などと語る。
彼女は一貫して、"自分とは何か?"、"自分の生きづらさを形作っているものとは何か?"を探し続ける。
その為なら北朝鮮にだって足を運ぶし、右翼の街宣運動だって行う。
だから彼女が後に左翼的思想に翻ったのも、何ら不思議なことではない。
右翼は彼女の自分探しに於ける通過点でしかなかったのだから。
勿論それは今現在の彼女にも全く同じことが言える。
何故なら、死ぬまで彼女は、その理由を探し続けるはずだからだ。
ボクは思想的に右も左も無い、ただのノンポリだ。
しかし、その"思想"と"自分"という一個人を切り離して考えない彼女の生き方には激しく共感する。
作品中、24歳の彼女は自分の信じるものに疑問を抱いて悩んだり、新しい何かを探そうと自問自答したりと、そういった様々な葛藤と闘いながらも、日々を生き抜く。
そんな彼女を見ていたら、「ワタシ何も考えんと生きてるからぁ~」と、それがあたかも自身のポリシーであるかのように、誇らしげにのたまう奴を、悪だとすら思った。
考えることを放棄した時、人間は終わる。
そんな当たり前のことを、彼女は歌っているのだと思う。
「兵隊さんは命がけ!」(2001)
「新しい神様」という映画を観た。
ある右翼活動家の若者達を追ったドキュメンタリーである。
作品中、その若者達は演説などの街宣運動の傍ら、自らの思想を引っ提げて、維新赤誠塾というバンドとしての活動も行っていた。
そのバンドの主要メンバーが後に結成したのが、今回紹介する大日本テロルである。
ボーカルと作詞を手掛けるのは、今や左翼系作家として絶大なる支持を集める雨宮処凛。
彼女はパンクバンドのボーカリストとして、類い稀なる才能を持っている。
"安保・安保・アンポンタン"とか、"兵! 兵! 徴兵制"(Hey!と兵!を掛けていると思われる)とか、正直どうかと思うぐらいダサイ詞でも、彼女がしゃがれた声でシャウトすると、そりゃもうとんでもなくカッチョイイ。
完全にアジテーター向きの声である。
だから本作は思想はさておき、単純にパンクのアルバムとして、真っ当に評価されるべき名盤である。
まぁ元が自主制作で、現在はレア盤だから入手は難しいとは思うが。
さて、少し映画の話にも触れておきたい。
映画は若かりし日の雨宮処凛を中心として描かれる。
作品中、彼女は「自分なんて無い。だから究極的に信じられるものを求めている」、「政治運動やってんのも、日常の苦しさを和らげる為の道具かもしんない」などと語る。
彼女は一貫して、"自分とは何か?"、"自分の生きづらさを形作っているものとは何か?"を探し続ける。
その為なら北朝鮮にだって足を運ぶし、右翼の街宣運動だって行う。
だから彼女が後に左翼的思想に翻ったのも、何ら不思議なことではない。
右翼は彼女の自分探しに於ける通過点でしかなかったのだから。
勿論それは今現在の彼女にも全く同じことが言える。
何故なら、死ぬまで彼女は、その理由を探し続けるはずだからだ。
ボクは思想的に右も左も無い、ただのノンポリだ。
しかし、その"思想"と"自分"という一個人を切り離して考えない彼女の生き方には激しく共感する。
作品中、24歳の彼女は自分の信じるものに疑問を抱いて悩んだり、新しい何かを探そうと自問自答したりと、そういった様々な葛藤と闘いながらも、日々を生き抜く。
そんな彼女を見ていたら、「ワタシ何も考えんと生きてるからぁ~」と、それがあたかも自身のポリシーであるかのように、誇らしげにのたまう奴を、悪だとすら思った。
考えることを放棄した時、人間は終わる。
そんな当たり前のことを、彼女は歌っているのだと思う。