尾崎豊
「十七歳の地図」(1983)


尾崎は正真正銘の不良である。
それは以前紹介したアナーキーに見られる不良性とは全く異なった意味合いのものである。

ヤンキーなんかに見られる不良性の特徴は、理屈よりも己の感性や感覚に忠実に行動することだと思う。
まぁ要するにバカってことなんですが、尾崎の場合は同じ不良でも質が全く違う。
どちらかというと、色々考えた挙げ句に「こんなクソみたいな世の中に飲み込まれてたまるかぁっ!」と時代の波を逆走することを選んだ、とどのつまりはヒネクレ者。
そういった意味での不良だ。

本作リリース時、尾崎はまだ18歳。


"無意味の様な生き方 金のためじゃなく 夢のため 愛のため そんなものにかけてみるさ" by 街の風景

"何度も愛してるって聞くおまえは この愛なしでは生きてさえゆけないと" by I LOVE YOU

"親の背中にひたむきさを感じて このごろふと涙こぼした" by 十七歳の地図

"俺もまた先の解らぬ不安の中にいる" by 愛の消えた街

"君の涙の美しさにありがとうと" by 傷つけた人々へ


これが18歳の書く詞ですか?
もうこりゃまごうことなきヒネクレ者でしょう。
こんなこと考えとるガキはこの世にいません。
思考が不良です。


以上のことから尾崎という人は、よくからくりTVの素人投稿ビデオなんかに出てくるような、両親の影響かなんかで演歌をこぶし付きで高らかに歌い上げる憎たらしいクソガキの延長線上に位置する存在なのではないかとボクは考える。

どういうことかと言いますと、結局は背伸びしたようなことを歌っとるわけですよ、彼は。
ブルース・スプリングスティーン、佐野元春、浜田省吾の系譜にあたる尾崎。
今や揺るぎないポジションを築いたが、元は先人達の模倣から始まっとるんですよ。
佐野元春や浜省が20歳越えてから歌ってたようなことに憧れて、それを十代でやってのけた。
その背伸びした感じがからくりTVのガキと重なるなぁってことなんです。

ただ、あのクソガキらと決定的に違うのは模倣のレベルが桁違いだったってことでしょう。
オリジナルを軽く凌駕しちゃった。
そこまでいってしまえば、もう誰にも物を言わせる余地など無く、完っ全な自分の物ですよ。


ボクはヒネクレた奴が大好きだ。
面白い人間というのは100%ヒネクレている。
尾崎は"十代の教祖"なんかでは決してない。
十代で彼の歌うことは理解出来ない。
もっと大人になり、人間が成熟し、昔を思い返した時に初めて彼の歌は響くのだ。
ボクは"十代の教祖"としてではなく、"ヒネクレ者の教祖"として尾崎を尊敬する。
そしてその他に類を見ない孤高のヒネクレっぷりに今日も打ちのめされるのであった。