加護ちゃんが手首切って自殺未遂ですかぁ…。
う~ん、何かなぁ~。
別にモー娘。ドンピシャ世代のボクが、過去の加護ちゃんの栄光を引っ張り出してきて感傷的な気持ちを吐露したいわけじゃございません。
単純にリストカットって何やねん、という話をしたいんですよ。
まぁリストカットなんかで自殺出来るんかいって問題はこの際置いときます。
実際に加護ちゃんが自殺しようとしてやったのかは知らんしね。


デリケートな問題に踏み込みますが、リストカットする奴ってボカァ嫌いだなぁ。
ね、まろやかな表現でしょ?
決して「リストカットするような奴の精神構造なんか意味不明じゃボケェ!」なんてことは言っておりません。
そんな心ないことを口にするような奴は家が燃えればいい。
隣家は全く損傷無く、そいつの家だけが綺麗に燃えて無くなればいい。
おまけにベイブレードで怪我でもすればいい。

そんなことはいいとして、リストカットとは何でも聞くところによると、死にたいからするわけではないんだそうです。
寧ろその逆で、生きたいからするみたいです。
手首を切った時に伴う身体的苦痛や、流れ出る生々しい血の色を見ることによって生きている実感を得られるからってのを聞いたことがあります。

この話の真偽は定かではありません。
リストカットする人達に直接話を訊いたわけじゃありませんから。
でも多分、生の実感が欲しいからってのは当たってるんじゃないでしょうか。

他人から疎外され、「ワタシってホントに世の中にとって必要な存在なの?」とか何とか言っちゃって、カミソリの刃を手首に宛てがい、ええいっままよ!ってな具合にインして、血が流れて、恍惚の表情。
何すか、コレ?
こんな痛いこと(2つの意味で)せな生きてる実感湧かんかい?
超シンプルにセックスとかオナニーとかやったらアカンの?
いや~いけるっしょ。
絶対オナニーでええわ。

まぁゲスなことを敢えて外して考えるならば、音楽聴く、カラオケ歌う、映画観る、マンガ読む、っていうような娯楽的なことでも、その気になれば結構生きてる実感得られると思うねんけどなぁ。


でね、ボクが何故リストカットする奴を嫌いかと言うと上述のようにそんな痛いことする必要ある?ってのの他にも幾つか理由があるんです。
やっぱり一番何が嫌いかって、リストカットという行為自体が誰かの模倣だからってことですね。

何で手首なの?
首なら駄目なの?
足首でも腹でも額でもええやん。
でも手首なんですよ。
何故なら、"リストカット"という概念がこの世に存在するから。
だから奴等はこぞって手首を切るねん。
生きてる実感が欲しいってことはつまり、自分が自分であるという実感が欲しいってことじゃないの?
じゃあ他人の模倣では意味が無いでしょ。
そんなこと知らんかったら、手の甲に五寸釘打ったりとか、何か人それぞれ違う方法の自傷行為が生まれるはずや。

あと、手首なら死に至らないという認識があった上で行為に及んでいるのも嫌いやな。
そんなほとんど保証されたような綱渡り感ゼロの行為で生きてる実感得られるんなら、別にわざわざそんなことせんでも脳内で片が付くようなことちゃうの?

最後に、これも結構腹立つんですけど、"デリケートな問題"って最初に書いたでしょ?
それにも表れてますが、こういう話題って何かすごく気ぃ遣うじゃないですかぁ。
理解を示さない人間の方が100-0で悪いことにされますよねぇ。
絶対おかしいって、そんなん。
変な正義感が蔓延しとるわ~。
こうなったらもうこっちも気ぃ遣わなしゃあないがな。

元来ボクなんてどちらかと言えば、リストカットする奴等と同じような経験してる部分ありますよ。
そりゃ全て同じとは思いませんよ。
いじめられまくって死にたい…みたいなことは無かったですから。
でもボクだって高校時代とかそれなりに辛かったよ~。
全員死ねっ!とか本気で思ってたからね。
でも何とかやってこれたもんなぁ。
だからこれは罵倒ではなく、寧ろそんなことしてんとパンクでも聴きなさい、そしたらリストカットせんでも済むから的なボクなりのエールと思っていただければ幸いです。


P.S.全然関係ない話なんですが、数年前にあるテレビ番組で、銀座の母とか呼ばれとる占い師のババアが加護ちゃんの手相を見るって企画をやってたんですよ。
ほんでそのババアが持ち前の不躾で失礼なキャラをいいことに、「もっとちゃんと手見せなさい」とか何とか言って、ガサツに加護ちゃんの長袖の裾を上に引っ張り上げたんですよ。
じゃあ当然リストカットの傷痕が見えますわなぁ。
そしたら全然知らんかったかのように「可哀想に~」みたいな白々しい演技おっ始めやがったんです。
それを見た時、このババアの手練れっぷりと品性下劣さに戦慄したことを思い出しました。