赤痢
「赤痢物語 -STORY OF SEKIRI-」(1989)
世の中から異形視されているものや、アンダーグラウンドとされているもの、サブカルチャー、そういった類いのものに興味を持ち、それらの良さをこの世で自分たった一人だけが分かったつもりになって悦に浸ることだけが、自分自身と頭の悪い周囲の人間との差別化を図る為のただ一つの手段であり、アイデンティティーであると信じて疑わなかった高校時代。
このバンド名は否応無しにボクの心を射抜いた。
"赤痢"って…。
女の子のバンドですよ、コレ。
しかも収録曲が「夢みるオマ×コ」とか「FUCKしよう」とか「仏滅ラプソディー」なんていう、まかり間違ってもオリコンチャート300位にも入らないようなキ×ガイじみたタイトル。
これは何が何でも手に入れなければと、半ば使命感に近い感情すら芽生えた。
しかし悲しいかなボクの高校時代はまだ今のようにネット環境もさほど整っているわけでもなかったので、通販での購入もままならなかったし、大手のレコードショップですらインディーズCDの流通がまだ確立されていなかった為、容易に手に入れることは出来なかった。
だからフラッと立ち寄った中古レコード屋で偶然このCDを見付けた時は狂喜して、すぐさまレジに向かった。
家に帰ってすぐに聴いてみたのだが、予想を遥かに超える良さにまた狂喜した。
このテのバンドっていうのは名前負けしているケースも珍しくないのだが、彼女らは違った。
なげやりで気だるい吐き捨てるようなボーカル、下手クソで滅茶苦茶だがパンクの魂をこれでもかという程ビシビシ感じるリズム隊、卑猥で暴力的でありながら時に余りにもシニカル且つ痛快に世の中を切り取る歌詞、どれを取ってもそれはオリジナリティー以外の何物でもなかった。
それに赤痢は一部の例外を除いてほぼ全ての作品に歌詞が掲載されていない。
それもまた良かった。
箸が転んでもパンクだと思い込んでいた高校時代、それは1ミリも疑うことなくパンクだと思えた。
毎日、通学の電車に揺られながらMDウォークマンで、劣悪な音の中から何とか歌詞を拾い上げていた。
"あんなに夢みたオマ×コも どうしてこんなにつまらない" by 夢みるオマ×コ
"汚ねぇ奴等だらけで安心" by ダイナマイト・キッド
"灰皿シケモクでいっぱい 胸の中もそれでいっぱい 過去のロマン捨てさようなら いつも夢見て諦める" by 4649
"ゆるんだネジをグルグル回して 嫌な時代ももうすぐ終わる" by 青春
"希望なんて無いんだって 欲望だけがあるんだぜ" by CHOCOLATE BLUES
カッコいい!
これを無感情で吐き捨てるように歌うのだ。
何かの雑誌のインタビュー記事で読んだが、敢えてそうして歌っていたらしい。
何でも知り合いに「歌というのは感情が入っていなければ聴き手に何も伝わらない」と言われて、じゃあやってやろうじゃないかと思い、敢えて感情の一切を排除し、無機質に抑揚無く歌うことにしたのだそうだ。
この他にも彼女らには様々な逸話があり、そういうのを一つ知る度に当時のボクはいちいち興奮した。
例えば楽器を触ったこともなかった彼女らはバンドを組むにあたってジャンケンでパート決めをしただとか、当時中学生だった彼女らは金が無かった為、スターリンがライブをしていた西武講堂の前で入れずにたむろしていて、そこを偶然通り掛かったスペルマ(こちらも凄いバンド名)のカリスマボーカリストであるランコ姐さんに「あんたらそんなとこに座ってるぐらいやったらバンドでもしたら?」と言われ、バンド結成を決意しただとかね。
敢えて乱暴に"アングラな音楽"と一括りに言わせてもらうが、そういったものは鬱々としたボクの高校時代には生きる活力だった。
そこには様々な思いがある。
先述の他人との差別化を図る為の手段というのも勿論そうだが、それ以上にまず、鬱々悶々な毎日を過ごしていた自分にとって"アングラな音楽"は、ダウナーな精神状態にバチコーンとハマったのだ。
そして本作はそういった"アングラな音楽"の金字塔であり、健全でない悩みを抱える全ての高校男児のバイブルである。
発売から20年近く経った今でも作品の持つインパクトは全く薄まっていないし、この先100年はボクの経験したような高校時代を過ごす童貞達に聴き続けられるのだろう。
甲子園目指して頑張る高校球児になんか死んでも理解出来ないような黒い輝きが、このアルバムには詰まっている。
「赤痢物語 -STORY OF SEKIRI-」(1989)
世の中から異形視されているものや、アンダーグラウンドとされているもの、サブカルチャー、そういった類いのものに興味を持ち、それらの良さをこの世で自分たった一人だけが分かったつもりになって悦に浸ることだけが、自分自身と頭の悪い周囲の人間との差別化を図る為のただ一つの手段であり、アイデンティティーであると信じて疑わなかった高校時代。
このバンド名は否応無しにボクの心を射抜いた。
"赤痢"って…。
女の子のバンドですよ、コレ。
しかも収録曲が「夢みるオマ×コ」とか「FUCKしよう」とか「仏滅ラプソディー」なんていう、まかり間違ってもオリコンチャート300位にも入らないようなキ×ガイじみたタイトル。
これは何が何でも手に入れなければと、半ば使命感に近い感情すら芽生えた。
しかし悲しいかなボクの高校時代はまだ今のようにネット環境もさほど整っているわけでもなかったので、通販での購入もままならなかったし、大手のレコードショップですらインディーズCDの流通がまだ確立されていなかった為、容易に手に入れることは出来なかった。
だからフラッと立ち寄った中古レコード屋で偶然このCDを見付けた時は狂喜して、すぐさまレジに向かった。
家に帰ってすぐに聴いてみたのだが、予想を遥かに超える良さにまた狂喜した。
このテのバンドっていうのは名前負けしているケースも珍しくないのだが、彼女らは違った。
なげやりで気だるい吐き捨てるようなボーカル、下手クソで滅茶苦茶だがパンクの魂をこれでもかという程ビシビシ感じるリズム隊、卑猥で暴力的でありながら時に余りにもシニカル且つ痛快に世の中を切り取る歌詞、どれを取ってもそれはオリジナリティー以外の何物でもなかった。
それに赤痢は一部の例外を除いてほぼ全ての作品に歌詞が掲載されていない。
それもまた良かった。
箸が転んでもパンクだと思い込んでいた高校時代、それは1ミリも疑うことなくパンクだと思えた。
毎日、通学の電車に揺られながらMDウォークマンで、劣悪な音の中から何とか歌詞を拾い上げていた。
"あんなに夢みたオマ×コも どうしてこんなにつまらない" by 夢みるオマ×コ
"汚ねぇ奴等だらけで安心" by ダイナマイト・キッド
"灰皿シケモクでいっぱい 胸の中もそれでいっぱい 過去のロマン捨てさようなら いつも夢見て諦める" by 4649
"ゆるんだネジをグルグル回して 嫌な時代ももうすぐ終わる" by 青春
"希望なんて無いんだって 欲望だけがあるんだぜ" by CHOCOLATE BLUES
カッコいい!
これを無感情で吐き捨てるように歌うのだ。
何かの雑誌のインタビュー記事で読んだが、敢えてそうして歌っていたらしい。
何でも知り合いに「歌というのは感情が入っていなければ聴き手に何も伝わらない」と言われて、じゃあやってやろうじゃないかと思い、敢えて感情の一切を排除し、無機質に抑揚無く歌うことにしたのだそうだ。
この他にも彼女らには様々な逸話があり、そういうのを一つ知る度に当時のボクはいちいち興奮した。
例えば楽器を触ったこともなかった彼女らはバンドを組むにあたってジャンケンでパート決めをしただとか、当時中学生だった彼女らは金が無かった為、スターリンがライブをしていた西武講堂の前で入れずにたむろしていて、そこを偶然通り掛かったスペルマ(こちらも凄いバンド名)のカリスマボーカリストであるランコ姐さんに「あんたらそんなとこに座ってるぐらいやったらバンドでもしたら?」と言われ、バンド結成を決意しただとかね。
敢えて乱暴に"アングラな音楽"と一括りに言わせてもらうが、そういったものは鬱々としたボクの高校時代には生きる活力だった。
そこには様々な思いがある。
先述の他人との差別化を図る為の手段というのも勿論そうだが、それ以上にまず、鬱々悶々な毎日を過ごしていた自分にとって"アングラな音楽"は、ダウナーな精神状態にバチコーンとハマったのだ。
そして本作はそういった"アングラな音楽"の金字塔であり、健全でない悩みを抱える全ての高校男児のバイブルである。
発売から20年近く経った今でも作品の持つインパクトは全く薄まっていないし、この先100年はボクの経験したような高校時代を過ごす童貞達に聴き続けられるのだろう。
甲子園目指して頑張る高校球児になんか死んでも理解出来ないような黒い輝きが、このアルバムには詰まっている。