先日、小3の算数の授業で「子供が18人。1日に3人ずつ殺せば何日で全員殺せる?」という問題を児童に出題した担任教師がニュースになっていましたねぇ。

んでその数週間後には、これまた小3の算数の授業で「三人姉妹の長女が自殺して葬式が行われました。参列した格好いい男性を次女と三女が好きになりました。葬式の後、どうしたら次女は男性に会えるでしょう?」というクイズを出し、それに対する答えが「三女を殺して葬式で会う」だと発言していた教師がニュースになっていました。

以前にも時事ネタは取り上げないって書いたんですが、ちょっとこれはどうしてもムカついたんで言わしてもらいます。
ニュースとかでは不適切な発言だとか言われてましたが、これって要は「殺す」って言葉自体が良くないっていう倫理観云々ってことでしょ?
まぁ確かに褒められたような表現ではないですよ。
でもね、ボクはこのバカ教師共にそういうムカつき方をしてるんじゃないんです。
単純に、
「お前ら、言ってることが全っ然オモロないねん!」
ってことなんです。

こんなこと言ってもまだピンときてないかもしれないので(ホンマは現時点で「その通り!」と拍手喝采になるってのが望ましいが)、取り敢えず一つずつ、この思考に至るまでのプロセスを紐解いていこうと思う。

まずはこの2人のバカ教師共について。
1人目の「子供が18人~」の方は、その他にも生徒に対して「みんなを一人一人殺す夢を見ました。これが現実にならないように言うことを聞きなさい」などと発言していたらしい。
まぁこの情報を鵜呑みにするならば、単なるキ×ガイか、キ×ガイという異形の存在に憧れて、それを気取っているゴミクソ野郎か、いずれにせよ人間の底辺に位置するただのバカであることに変わりはない(この事件を面白がってネット上で茶化してる奴も大差ない)。

で、2人目の「三人姉妹の~」って方なんですが、こちらもまぁバカではあるんですが、1人目の教師とは少しだけ質が違うように思う。
この「三人姉妹の~」って問題は実はボクも以前から知っていました。
確かな情報かは分かりませんが、どうやら精神鑑定の際に使用される問題として一部では知られている存在だったようです。
まぁ要するに、この問いに対して「三女を殺して葬式で会う」と答えた人間はキ×ガイの傾向がありますよってことらしいんですが、ボクは初めてこれを聞いた時、なるほど~と感心しましたよ。
よく出来た問題ですよね。
しかもこのテの話題ってツレとかと喋るとそれなりに盛り上がる、ちょうどいい具合の素材なんですよ。
なんつーか、皆が興味を示すような、人を選ばない話って言うんですかねぇ。
で、ボクの予想では、このバカ教師は前日辺りにどこかからこの問題を聞き齧ったんでしょう。
それでこんなクソバカでも人並みに感心しやがって、その知識を誰ぞ披露してやろかしらなんて思いくさったが、話す相手が見つからず途方に暮れていたところ、そうだ!と閃いた。
アタシは自分に対して絶対服従するような物言えぬ小汚ないガキ共を大勢抱えているじゃあないか。
じゃあちょっと失礼して、こやつらに教育の意味も込めて披露しちゃろかしら、グヘヘへってところでしょう。
誇張して言ってますが、当たらずとも遠からずってところでしょう、絶対。
てゆーか概ね当たってるでしょう。
まぁこっちの教師はガキ相手にイキって(偉そうにして)征服欲を満たし、ついでに恐怖による統率をも目論む、あらゆる意味で渇ききったクソバカ。


それでね、このクソバカ共の発言についてなんですが、「殺す」とか「死ね」っていう言葉自体は、正直ボクも日常的に使うので責めることは出来ないです。
まぁ確かに子供の教育上も決して良い言葉とは言えないでしょう。
ただね、そんなもん使い方次第でしょ。
多少ガキにとって悪影響でも、「殺すぞボケェ!」とか「死ねーー!」とかいう、お笑いに於けるツッコミのフレーズは面白いし、個人的には絶対に無くしてほしくない。
でもこのように使い方も分からんくせに、人一倍そういう言葉を連発したがるクソバカみたいな連中が増え続けると、これまた違う種類のクソバカ共(主にババア)がここぞとばかりに目をギラつかせて、御門違いもいいとこのテレビ番組が与える悪影響なるものを唱え、最終的には芸人やタレントを糾弾する。
結果、お笑いが規制だらけの雁字搦めになって、どんどん面白くなくなってしまう。

こんな書いているだけでも胸クソ悪い、クソバカ共の無間地獄の中にカンケーない人間までもが引きずり込まれ、世の中がクソバカを軸にグルグル回され続け、ホントにギスギスした空気しか感じられなくなるという事態を招くことへの原因の一つとなる火種を、このバカ教師共の軽率な発言は確実に作った。
芸人達の日々の努力や苦悩、テレビ制作に携わる人達の懸命さ、そしてボクのように純粋に面白いものを欲する視聴者達の期待を、こいつら教師は己のちっぽけなマスターベーションの為に踏みにじった。
遠くからとは言え、確実にこちらに石を投げつけてきた。

話を戻して、先程このバカ教師共を1人ずつ分析して、何故このような発言をするに至ったかという経緯を少し書いたが(キ×ガイとか征服欲を満たす~ってやつね)、それはあくまでも個人の経緯である。
じゃあこの発言をする(可能性のある)者としない者とでは根本的に何が違うのかと言うと、それはやっぱり「面白い奴かそうでないか」に尽きる。
もっと正確に言うならば「面白いものを理解している奴かそうでないか」ってこと。
面白いものを理解している奴はそんなしょーもないこと言いません。
だって回り回って最終的にはお笑いが抑圧されるだけだということが容易に予想出来ますもの。
よってあのクソバカ教師共は面白くない、と。
で、冒頭の「お前ら、言ってることが全っ然オモロないねん!」ってのに結び付くわけです(ほら繋がった)。


鬱屈していた高校時代、ボクは面白くない奴は悪だと思っていました。
でも数年後、様々な人との出会いによって、それはボクの思い上がりだと気付かされ、ボクだって大して面白いわけじゃないし、面白くない奴だって何も悪とまで言わなくてもいいじゃないかと思うようになりました。
しかし、こういうクソバカを見ると、あの鬱屈した高校時代の自分が甦ってきて、沸々と怒りが込み上げ、やっぱりオモロない奴なんてクソやないかという気分になってしまいます。
こいつらに改善の余地なんて1ミリたりとも無いと断言しよう。
面白くない奴は死ぬまでずっと面白くないんです、これ絶対。
だから今、ボクは敢えてこのクソバカ教師共に声高にこう言ってやりたい。

「お前が死ねっ!」

と。