非常階段というバンドを御存知だろうか?
80年代、関西のライブシーンにて凶悪極まりないパフォーマンスで、当時のパンクキッズ達を恐怖のどん底に突き落とした、伝説的バンドだ。
音楽性としてはインプロビゼーションノイズ(即興音楽)で、ライブに於いてはどちらかと言うと前衛的パフォーマンス集団のような捉え方をされていた。
当時、ノイズなんてのを演っている国内のアーティストは皆無だったにも関わらず、いち早くその異形のサウンドに目を付け、彼らは自らで発信していった。
そしてそのオリジナリティー溢れる音楽性もさることながら、彼らの名を一躍全国に轟かせるきっかけとなったのは、何と言っても先にも述べたライブパフォーマンスである。
裸になるなんてことは日常茶飯事で、ゲロやペンキなどの混合物を客席に向かってぶち撒けたり、痙攣しながら放尿したり(しかも女性メンバー!)、キレて蛍光灯を割りまくったりと、そのイカれたパフォーマンスは未だ語り継がれる程にセンセーショナルだった。
そのことによって一般的にはスキャンダラスなイメージばかりが付き纏ったが、ノイズ好きの間ではキチンと音楽的評価も高く、実力派との認識がなされていた。
90年代以降も過激なパフォーマンスこそしなくなったものの、純粋に音楽のみを追求し、細々とではあるが、今日に至るまで地道に活動している。


そして今回取り上げたいのは、そのバンドのフロントマンであるJOJO広重という人物だ。
彼は1984年にアルケミーレコードという自身のインディーズレーベルを大阪にて設立し、赤痢やMESCALINE DRIVE、ほぶらきんといった良質なバンドを幾つも輩出し、関西ロックシーンの盛り上げ役として多大なる貢献をした。
80年代の関西ロックシーンを語る上で彼の名が出ないことはないぐらい、その活躍は後世にも影響を及ぼしている。

かく言うボクも高校生の頃、アルケミーレコード周辺のバンドを聴き漁り、赤痢には得も言われぬ衝撃を受けたし、非常階段の『蔵六の奇病』というアルバムの1曲目(約1分間に渡り、嘔吐している時のゲェゲェ言ってる音のみが収録されている)には何だかよく分からないけれど、自分の血液が逆流しているような興奮を覚えた。

しかし、そんな生粋の異端者であったはずの彼なのに、近頃どうやら少し様子がおかしいのだ。
数年前から副業として占い師を始めて、大阪で占いの店を営んでいるらしい。
まぁその事実だけでも、ボクの気持ちを萎えさせるには充分すぎる程の奇行ではあるのだが、それ以上に驚いたのが、彼のブログに書かれていた一文である。
その内容は終始、占い屋の鑑定会の宣伝だったのだが、文中、

「恋愛運の1件のみなら30分くらいで収まりますが~」

などと書かれていた。
マジか!?
ゲロをぶち撒けたりして、強靭なパンクキッズ達を恐怖のどん底に突き落としたあのロックスターが恋占い!?
ロックと恋占いは真逆に位置するものなのに!
しかもそれに加えて更に違う日のブログでは、自分の占いの鑑定結果に対して怒ったり、逆上したりする客に向かって、

「仏の顔も3度までです。もう私は救わないですからね」

という記述も。
彼、完全にハマっちゃってます。
スピリチュアルな思考に全体重を預けることを疑問視してないですから(これでもオブラートに包んで表現してますよ)。
やっぱねぇ、別にそこらのジジイババアがほざく分には、勝手に言ってろバ~カで一蹴出来ますけど、その相手がことロッカーとなると話は違いますよ。
本当の意味での説教になっちゃいますわ。
ロッカーがそれ言っちゃダメ、マジで。

もうね、ここまで読んだら分かってきたと思いますが、彼はもう昔の彼ではないんです。
簡単に言ってしまえば日和っちゃったんです。
ダメ押しのエピソードとしまして、ちょうど1年前、イベントで久し振りに昔のような過激なパフォーマンスを行ったんです。
まぁここまではいいですよ。
ただそのイベント終了後に、これまたブログで、当日客に向かってぶち撒けたバケツの中身を紹介してやがるんです。
バスクリン、牛乳、サンマ6匹、マグロの目玉4個、ぶなしめじetc...
確かに凄いかもしらんけど、白けるからそんなレシピ知りたくもねぇわ!
そのイベントの映像も見たけど、楽しそうに客と戯れながらバケツ投げてたなぁ。
昔のピリピリした感じとはえらい違い。

彼と比較するのはちょっと違うかもしれませんが、やっぱ尾崎豊って凄いなぁと思っちゃいました。
何故なら、楽曲を聴けば分かりますが、尾崎は(好き嫌いは別にして)デビューしてから死ぬまで全くブレなかったから。
伝えたいことが本人の中で明確に理解出来ていたんでしょう。
ボクは熱心な尾崎信者でもないんですが、シニカルな態度で彼を冷笑する人間はクソバカ野郎だと思います。
そんな奴に限ってホンットに何にも出来ねぇウスノロですから。
まぁ盲目的に信仰してるのもどうかとは思いますが。


ロックとは音楽性のみを指す言葉ではない。
ロックとは生き様である。
80年代後半に訪れた空前のバンドブーム以降、ロックの敷居は格段に低くなり、お手軽なツールと成り果ててしまった。
これこそがまさにロックのもたらした功罪である。
そしてそれに伴ってアホみたいな奴がモテる為に楽器を持ち、聴くも哀しいようなくっさいラブソングを歌って、一丁前に"ロッカー"を名乗り、シーンの衰退に拍車を掛けた。

これからロックを始める人達に言いたい。
ロックは生き様、即ち人生全てである。
"ロック"を始めたその瞬間から、人は"ロッカー"になり、残りの人生全てを"ロッカー"として過ごさなければならない宿命にある。
半端な気持ちでロッカーは名乗っちゃいけないのだ。
自称"ロッカー"は世の中に五万といる。
それ程までにロッカーという肩書きはお手軽である。
誰でもなろうと思えばなることが出来る。
しかし、真のロッカーはその中でも一握りしかいない。
何故なら一生"ロッカー"を貫ける覚悟のある者だけが、真の"ロッカー"なのだから。