昨日Nちゃんに言った。

「運命は変えられるよ❗」


なぜそんなことを言ったかといえば、数週間前にNちゃんから「運命は変えられないのか❓」と質問されたのだ。

その時の私の答えは、

「魂は何を体験するかを決めてくるので変わらないけれど、その体験に対してどんな心持ちでいるかでその体験の様相も変化はする。」だ。

でもそれを答えてから胸がすごくざわつく。

実は前から、運命は概ね決めてきてこの世界を体験するということに少しの違和感があった。

でも自分の人生での検証においてもやはり運命という逆らえないものがあることが払拭し切れない感じで中途半端だった。

だから答えも中途半端なものになった。

ずっと持っていたざわつきがNちゃんからの質問をキッカケに大きくなった。


質問から2日間ざわつきを感じたり、考えてみたりを繰り返していた。

2日目の夜に夢をみた。


ずいぶん昔に夢に出てきたおじいさんがまた現れて、「枠を広げろ。」だか「枠を出ろ。」だか言うと、「一緒に行こう。ついておいで。」と私を連れて何処かへ行った。


覚えていたのはそれだけで、何処に行ったのかはわからない😥

「ああ~もう❗なんで肝心なことを覚えてないのよ〜❗私はー❗」

と自分の額に枕をバンバン打ちつけて悶絶した。

でも覚えてないからどうしようもない。


それからもずっとざわつきを感じたり、「枠ってなんだろう❓あの後何処に行ったんだろう❓」とボーっと考えたりしていた。

そんな時に何十年も昔の思い出がフッと浮かんできた。


それは会社勤めをしていた頃の後輩との思い出だ。

休み時間に後輩が一冊の本を私に見せて、「これ、面白かったですよ❗」と言った。

表紙のイラストに見覚えもあり、自分も読んだ本だとわかった。

「私も読んだよ。カニを飼ってる兄弟が謎解きして事件を解決するやつだよね。面白かったよね😊」と言うと、後輩は「カニ❓カニなんか出てきませんよ。読んでみますか。」と怪訝な顔で本を貸してくれた。

でも私の記憶の中では、飼っているカニを潮溜まりで遊ばせている兄弟の情景まで思い浮かんでいた。

でも、読んだら本当にカニは一匹も出てこない。

カニどころか海も出てこない。

その他のストーリーはほぼ記憶通りだ。

本を返す時にその話をしながら後輩に言った。

「人間の脳ミソなんていい加減なもんだね😄」

「いい加減なのは先輩の脳ミソでしょ🤣みんなを引きずり込まないで下さいよ。」と言い合って2人で大笑いした記憶。


その後なんとなくわかった。

(枠)は無意識に強く持っている決まりごとだ。

イメージの中で果てしなく広がり続ける光をみながら感じた。

神の無限なる可能性の前では、決まっているとされる何かや運命も宿命も力をなくす。

私のエゴは、私の気づかないところでまた強固に決まりごとを作っていた。

この世界で確かな答えを探すことがやめられなかった私のエゴが作った罠だ。


世界は脳ミソのでっち上げだ。

運命もでっち上げで、それを大きく飛び越えさえすれば何もかもが変わるのだろう。

そう思ったらなんとなくスッキリとして、少しワクワクしてきた。