カニと運命のブログを読んだ方からの質問だ。


「きまりごと」とは社会の規則や日常生活の中で自分が持っている信念や決意などのことですか❓

思い浮かぶのはそれくらいです。

それより深い意味を持つのであれば教えて下さい。


質問文は簡潔なのでそのままだ。


夢のおじいさんが言う「枠」とは、意識的にも無意識的にも思考の縛りが作っている限界ではないかと思った。

自分を振りかえっても、最初は「そういうものなんだ。」程度から始まる思いをいつしか「そうあるべきもの、それが当たり前」と決めてしまっていたような気がしたのだ。

運命や宿命のことも、スピリチュアル探究の中で答えを求めていくうちに、変わりようのない絶対的な法則のようなものと決めつけてしまっていたのではないかと気づいた。

たぶん私は特にその方が楽だったのかもしれない。

たどり着いた「答え」というものが私を安心させてくれて、しばらくするとそれは「枠」になっている。

信念や決意もそうだ。

最初は「これだ❗これで行こう❗」なんて思って自分を前に進めてくれたものがいつの間にかそれは、ただ自分の弱さを誤魔化すためにしがみついていなければならないだけのものになっていたりした。


思考の縛りはほとんど意識されないままに繰り返されて強固になっていく。

軽やかで神聖なる「今この瞬間」という可能性に、自動的ににいろいろな荷物を放り込んでいるようなそんなイメージを持った。

きっとそこが軽ければ軽いほど、可能性は広がる。


社会秩序のために規則も存在するし、信念や決意も自分の動力になってくれるけれど、時々「枠」が邪魔に変わっていないかを見てみようと思ったのだ。

いちいち信念や決意など持たないままに、目の前の自分の可能性にチャレンジしている人たちが必ずたくさんいるのだと思った。


答えになっているかどうかわからないが、私が感じたこと。

質問をくれてありがとうございました😊