呪いの効力についてのブログの後に、一件「呪いの依頼」が来たので丁重にお断りした。

改めて、私は「呪い家さん」はしていないので、すべてお断りしています。


依頼してきた方にも聞かれたが、良い悪いの問題ではなく、私はやっていないからお断りするだけなのだ。


仕事であっても何でもそうだが、これは良いもの、これは悪いものという違いはない。

「呪い家さん」をやる方が波動が低いわけではないのだ。

みんな何の差もない。

この世界は二元的な世界だから、表面的には良い、悪いに区別されているように見えるけれど、実際は混沌としているし、ひとつの物事にもよく見ればいろいろな側面が見えてくる。

本当に時々だが呪いの依頼がきたりするが、そんな方の中には本当に苦しんで辛い状況にいたりする人もいる。

遊び半分に依頼してくる方には、

「呪いたければ自分でやって下さい。」

ときつい言い方をすることもある。

でも必死な人もいたりする。

昔そんな必死な方に聞かれたことがある。

「呪って欲しいなんて、私自身が穢れているってことですよね。」

でもそんなことはない。

本当に良いも悪いもないし、どうするかは自分が決めるしかないし、でも「穢れている」と自分が思うならば呪っても後味は悪いはずだ。


おかしな言い方に聞こえるかもしれないが、人は誰かを憎んだり、誰かと闘っているつもりかもしれないが、実は相手にしているのは自分の無意識の中を投影したものなのだ。

追い詰められている方には難しいかもしれないが、憎んでいるのは自分の中の怖れだし、赦すのも実際は自分の中の怖れだ。

少しだけ、そのことを頭のすみに置いておくと、ある時フッと気づくかもしれない。

それまでは自分を責める必要はないのだ。