ずいぶん昔にインドと宗教を特集したテレビ番組で、泥の中で座るサドゥーという修行者を観た。
静かにたった1人、泥水の上で座っていた。
その頃の私は「覚醒したい」という思いを持っていたので毎日瞑想していたが、反面ただ一日そこに座り続けることに疑問も持っていた。
この修行者はどんな気持ちなんだろう❓
この生き方が本当に人を幸せにするのか❓
結局何の役にも立っていない生き方かも❓
こんな風に生きてみたい。
何にも縛られないとはどんな感じか❓
等などのたくさんの羨ましさと疑問があった。
近頃忘れていたそのサドゥーの姿を思い出す。
今はなんとなくだけど感じるのだ。
気持ちとか、幸せとか、何かの役に立つとか、何かに縛られるとか、それこそ「生きる」とか、そういったものはサドゥーのもとには何も無かった。
どこまでも広がる永遠の「空」としての姿だった。