ブログを読んでくれた方から聞かれた。
ブログにあった「実は何も起こっていない」がどんな意味かがわからないということ。
実際に生活が続いていく中で「実は何も起こっていない」なんて言われても確かに「❓」となる。
私もそうだった。
私の場合はだいぶ前に出会ったある探究者に言われた一言に「❓」となった。
私が過去世に興味が向いている時期のことだ。
過去世からのエネルギー解放について質問した時に言われた一言だ。
「すぐに過去世には興味をなくすだろう。あなたは生まれてきてもいないのだから」と言われたのだ。
「❓、どういうこと❓」と思い更に説明を求めたが「いずれわかる。忘れたかったら忘れてもいいようなことだ。」とはぐらかされた感じだった。
それからは過去世よりも、その言葉の謎ばかり気になるようになってきた。
その時から今までにいろいろな体験を経て、今は「生まれてきてもいない」の方がしっくりくるようになった。
体験の全てをここで書けないがいくつかを書くと。
久しぶりに偶然再会した学生時代のクラスメイトが語るイジメの話が全く思い出せない時があった。
友人によれば、私もその友人と一緒にイジメられていて地獄のような日々を耐えてきたらしい。
人違いなのではないか❓と言うと、「2人で支え合ってきたのに❗」と怒り出す始末だ。
記憶違いでは説明つかないような感じで、私にはそんなイジメは起こっていなかったとしか思えない。
母親が亡くなる少し前に人生がほんの一瞬だと感じる経験をしたことがある。
2人で窓から入る夕刻の光の中で同じ経験をした。本当に今までのことがついさっきのことのように感じられて、人生はほんの一瞬の出来事でそこにはなんの苦しみも悲しみも後悔もなくただ大きな満足感と愛おしさみたいなものしか感じなかった。
まるで頭の中にあるだけで、本当はたいへんな事などひとつも起きていなかったような感じだった。
それ以外には、幾度か違う現実世界に移動したとしか説明できないような経験や時間が伸び縮みしたような経験がある。
こんなことを経験していく中で、あの時の探究者の言葉が今は腑に落ちた。
きっと「実は何も起こっていない」が引っかかる彼女もいろいろな体験の中で腑に落ちるのかもしれない。
腑に落ちるまで気になっているしかないと思う。
でも思うのだ。
あの時に探究者が言っていたように、忘れたければ忘れていいようなことなのかもしれない。
誰一人余す事なく神とひとつであって、その真実だけがあるのならば、何も心配はない。
気になるなら気の済むまで探究して、やめたくなったらやめて、その時やりたいことをやればいい。
この二元的世界の中で「実は何も起こっていない」があれば、「何が起こるか誰にもわからない」というワクワクもあるから面白い😊
◆武藤真美ホームページはこちら◆
