2026.9 NO.249 じゃんし VS じゅんし
夏真っ盛り。人気芸能人のファーストサマーウイカさんは今夏もう西瓜を食べたか。初めて食べたなら、ファーストサマースイカだ。
相変わらずこんなことしか頭が回らない私は、本日76回目の誕生日を迎えた。「知らんがな」と言われれば、中国の人民解放軍が生まれた日にあたる。1927年の。「それがどうした」と言われてしまえば、今日は「麻雀の日」でもある。
麻雀は、戦後間もなくの頃は、故阿佐田哲也の小説を映画化した『麻雀放浪記』の世界。鹿賀丈史さん扮するバイニン・ドサ健が、麻雀の為に大竹しのぶさんが演ずる彼女まゆみの家の権利書を取り上げ、彼女を女郎屋に売り飛ばそうとした。麻雀=賭博の当時のそんな世界に堅気の女性が入りこむ余地はなかった。
それが今や、女性も麻雀に興じる人が増えてきた。麻雀はギャンブルから頭脳スポーツへと市民権を得たようだ。認知症予防に効果があると高齢者の間で認知され、賭けない、酒を飲まない、タバコを吸わない、「健康麻雀」が盛んになっている。
若い女性の愛好家(歴女ならぬ雀女と呼ばれるか)も増加しており、プロ雀士の世界でも女性プロ雀士が増えており、麻雀に対するイメージも様変わりの感がある。
乃木坂46アイドルからプロ雀士なった中田花奈さんは女性が出入りしやすい(雀荘とカフェの機能を併せ持つ)麻雀カフェ(『chun.』)を赤坂に開店させている。
さらに、テレ朝の女性アナの林美沙希さんが、麻雀好きが嵩じて、プロテストに合格して2023年9月日本プロ麻雀連盟に入会しプロ雀士としてデビューしている(今年の3月四暗刻単騎待ちをツモリ、ダブル役満をあがったと話題になっている)。
TVニュース等で拝見する限りにおいては、インドア派で物静かに本を読んでいるようなイメージだが、アウトドア派で活発に行動されているようだ。局としてもアナウンサーとしてのイメージを損なう時代ではないと女子アナと女性雀士との二刀流を認めているのではないか。
この前麻雀対局における俳優兼プロ雀士の萩原聖人氏と木村拓哉氏との和解が話題を呼んだ。共に20代前半の頃ドラマ共演において萩原氏が『いや、役者は俺だけ。あとは全部タレント…』 と言い放った以降二人の間に確執があったと言われていた。が、対局中に萩原氏が木村氏に『昔ね、いろいろあって…』ってと謝罪しようとすると、すかさず木村氏が、ハグをしてそれ以上言わせなかった。YouTubeで観た視聴者から称賛の声が多数寄せられていた。
私も観たが、何させても下手にはできない木村氏は麻雀も上手い。私などは字牌は直ぐに捨ててしまっていたが、木村氏はプロ雀士のごとく残していた。プロの解説者からプロ一歩手前と評されていた。それもお手盛りではなく、プロ認定の基準はクリアしていたが、ハコテン(持ち点がマイナス)の最下位の4着だったことが問題になったにすぎない。
SMAPの独立騒動の折ヒール扱いを受けていたが、それに耐え、今や芸能人として第二次黄金期を迎えている。もう少し雀力をつけプロ雀士になれば、麻雀ファンがもっと増えるのではないか。
サッカーにプロリーグ・Jリーグが出来たように、麻雀界にも頭脳スポーツとしてプロ雀士によるMリーグ(プロ麻雀リーグ:2018年10月1日開幕)が行われている。
Mリーグは、我々が利用させてもらっている本アメブロを運営している㈱サイバーエージェントの総帥藤田晋氏が発起人となり、2018年6月一般社団法人Mリーグ機構(代表理事藤田晋氏)が創立され、その翌月に発足の運びとなった。
目的は、麻雀界のイメージを変えること。一つは、プロの定職としてなり立たせること。もう一つは、“賭け事”のイメージを払拭しスポンサーを呼び込み易くすること(麻雀に関わる一切の賭博行為を禁止。プロ雀士間の不倫さえ手厳しい)。
そのMリーグの中で、勝又健志雀士、堀慎吾雀士、鈴木たろう雀士、多井隆晴雀士等強豪男性雀士に交じって、人気女性雀士が百花を添えている。
しかし、添え物扱いでなく、男性雀士と実力はほぼ互角である。むしろ素人の私などからすると、上述の強豪男性雀士が軒並み調子を落している?中、声優と二刀流の伊達朱里紗雀士が男女を問わず現役最強ではないかとすら思っている(最近役満・国士無双13面待ちをテンパイしたのではなく、捨て牌が国士無双13面待ちになったと話題を提供している)。
記録上で言えば、後述のMリーグの個人タイトルで新設の「最多トップ賞」を除く3大タイトルのキャリアグランドスラム達成者は伊達選手ただ一人なのである。麻雀界のアニカ・ソレンスタムと言えば、言い過ぎか。現4大タイトルにリーチをかけているのは伊達雀士だけであり、その達成の暁には“初代雀聖”と呼んでもよいのではないか。
同じ頭脳スポーツと言える将棋では、女性のプロ棋士はいない。女流棋士は存在するが。新進棋士奨励会が1928年(昭和3年)に創設されて以来「奨励会に入会し、昇級昇段規定を満たして四段に昇段すること」が棋士となるための基本の要件となっている。が、女性の将棋指しで四段に昇格した者がいないからである。ただ、今は女流棋士に対して棋士への編入試験制度が設けられている。
過去二人の女流棋士が挑戦した。西山女流二冠は24年9月~25年1月に挑戦し2勝3敗で敗退している。福間女流六冠は過去2022年8~10月に挑戦したが三連敗に終わる。そして今リベンジを果たすべく再度チャレンジするも叶わなかった。
そこで、日本将棋連盟は棋士編入試験のそれ自体難しい受験資格を3回獲得した場合、フリークラスでプロ入り・四段昇段できる改正案が総会にかけられたが、否決された。
ただ、連盟は、昨年6月に女流タイトル戦最高峰の「白玲」を5期獲得した場合、フリークラスで棋士になれる制度を新設している。西山白玲は4期獲得しており、この8月22日からの接戦が予想される白玲戦(挑戦者福間女流五冠)に勝ち「クイーン白玲」と呼ばれると、女性棋士の誕生となるが。
羽生善治永世七冠や藤井聡太現六冠がタイトルを独占してしまう将棋と同様、テニスも実力の高い者たちが実力どおり勝つ。運やツキに左右されにくい競技だ。世界ランク1位のジョコビッチ選手は2003年にプロ転向後101回もシングルス優勝している。
麻雀の場合、私は「実力が7でツキが3」と長らく思っていた。我ら素人の間ではツキがあっても上手くそれを活かせるとは限らないから。しかし、プロ棋士によると、ツキが9で実力が1だという。実力が拮抗しているので、ツキに左右されてしまうという。
なるほど、Mリーグの4大個人タイトル(「MVP」、「最高スコア」「4着回避率」、「最多トップ賞」)の、前季新設された賞を除く3タイトルのタイトルホルダーを見ても、各部門連覇は無論のこと2度栄冠に輝いた雀士もまだ出ていない。
むくつけき男だけより紅一点でも女性が入った方が華やぐ。だが、プロの試合で実力差があり過ぎれば興ざめする。が、その点麻雀の場合実力差が気になることはない。
過去8シーズンにおける女性タイトルホルダーは次の通り。
・「MVP」 女性雀士の3名がタイトルホルダー(2019-2020魚谷侑未雀士、2021-2022瑞原明奈雀士、2022-2023伊達朱里紗雀士)になっている。
・「最高スコア」 4名がタイトルホルダー(2018-2019茅森早香雀士、2019-2020魚谷侑未雀士、2021-2022伊達朱里紗雀士、2022-2023黒沢咲雀士)が栄冠に輝いている。
・「4着回避率」 タイトルホルダーが2名(2023-2024伊達朱里紗雀士、2024-2025日向藍子雀士)いる。
私は、女性雀士の中で、最近麻雀は不調?だが何かと話題を提供する(シングル「国士無双LOVE」で歌手デビューも)高い人気を誇るシンボル的存在の岡田紗佳雀士よりも、高宮まり雀士と東城りお雀士がお気に入りである。
チームとしては、高宮まり雀士、伊達朱里紗雀士と選手兼監督の滝沢和典雀士、魔王と呼ばれる佐々木寿人雀士(魔王なのに家ではプロ雀士でもある愛妻の尻に敷かれているのを隠さないのが令和の強豪雀士)が所属する『KONAMI麻雀格闘倶楽部』(以下KONAMI)と将棋棋士とプロ雀士の二刀流の鈴木大介雀士や東城りお雀士、成長著しいと評判の中田花奈雀士がいる『BEAST X』との2チームを応援している。
Mリーグは、 男女混成の4人で構成されレギュラーシーズン各120試合(全300試合)を戦い、上位6チームがセミファイナルシリーズに進出するが、私が応援する2チームは共にセミファイナルに進出した。セミファイナルでは、各チーム20試合(全30試合)を戦い、さらに上位4チームがファイナルシリーズ(16試合)に進み優勝を争う。が、応援する2チームは共にファイナルシリーズに進出した。とくに4位で後がないKONAMIはセミファイナルの最終戦で監督の滝沢雀士が役満・四暗刻をあがり、劇的にファイナル進出を決めた(最終結果は、KONAMIが2位、BEAST Xが4位)。
私と麻雀との関わりについて話すと、一言で言えば、学生時代に麻雀を覚え、大学生活の大半を麻雀に明け暮れた。
大学入試に合格し、受験勉強から解放された。大学紛争で6カ月間休校のあと、まず、マンドリンクラブに入部した。小学生の頃音楽の才能のある4つ上の兄がウクレレからギターに替えるにあたりウクレレをお下がりとして貰った。私は、左ききなので弦を張替え、当時流行っていた故仲宗根美樹の『川は流れる』を一曲マスターした。が、それで終わってしまった。そのリベンジと彼女目当てに。しかし、右手では上手く弦をはじけず、一人だけ左ききで弾くのも許されるハズもなく、すぐに退部してしまった。またもや三日坊主。
その直後麻雀を覚え夢中になった。大学生活は「学業」「麻雀」「バイト」(主に家庭教師)に明け暮れたと言っても過言ではない。まったく女っ気がなかった。同級生から彼女の話を聞いても、嫉妬も、焦燥感も湧かなかった。性悪説や故事「出藍の誉」で知られる、紀元前の中国戦国時代の荀子の故事「終身の楽しみありて一日の憂いなし」と言えるほどカッコいいものではなかったが。
色気づくのは、銀行に入り、神戸から翌年新宿支店に転勤してから。モテない男に大した話はないが、残念ながら披露できない。生まれも育ちも東京(ルーツは福島)の妻とは、三長銀の一行に短期出向する(その後神戸に戻る)私と新入行員として入社した妻との歓送迎会(1978年4月)でお互い主賓席に並んだだけ。一緒に仕事はしていない。一期一会で終わるハズが3年後結婚(後年、目に見えぬ赤い糸で結ばれていたと私が言えば妻は立った鳥肌をさすっていた)。
妻は何も知らない。約50年前のことで時効とは言え、沈黙は金。触らぬ神さんに祟りなし。
大学の麻雀仲間の中には、理牌(自分の手牌を種類や数字順に並べ替えて見やすく整理する)しなくてもややこしい待ちも分る者や対局者の点数残高を暗記できる猛者もいたが、私自身は初心者のレベルを超えることはなかった。
とにかく要らない牌を切り、誰よりも早く聴牌(テンパイ:あと1枚アガリ牌を引くかロンすれば和了できる状態)に持っていく。他の対局者からリーチがかかれば、アメフトのごとくオフェンスからディフェンスに様変わりさせていた。そんな麻雀でもカモにされることはなかった(銀行に入って先輩との対戦でもそれは変わらなかった)。
大学時代での麻雀に関する思い出として今も鮮明に覚えているのは、2つある。1つは、55年前大学の近くに本業でない他業態が雀荘を併業し始めた。変だなと思ったが便利なのでよく利用していた。ある日突然部屋のドアが開けられ、「そのまま! そのまま!」と言ってフラッシュを炊かれた。思わず4人とも麻雀台の下に首を突っ込んだ。無様で恥ずかしい。他の雀荘がたれ込み国税局?が乗り込んできたのに運悪く遭遇したらしい。その時は我々もささやかな金額ながら常習賭博で摘発されるのかと一瞬ではあるが不安を覚えた。
2つ目は、いつものように校門を出て、坂道を下り雀荘への行きすがら下から上がってきた同級生に故三島由紀夫が割腹自殺(1970年11月25日)したことを知らされた。衝撃は受けたが、ノンポリにてのんきに麻雀に明け暮れている私に天才三島の思いなど理解できる訳はない。それでも、憂国の士としての発言が社会に認められない絶望感、作家としての行き詰まりの中で、ナルシストの三島が男の美学として切腹したのかと皮相的なことを考えていた。そんな当時のことを今でも覚えている。
銀行に在籍した20年間においては本部の企画室(調査担当)と2度目の新宿支店に在籍の折麻雀を楽しんだ。本部では、先輩たちとの対局であったが、カモにされるということにはならなかった。ただ、ついてない時には早く止めたかったのだが、先輩たちにそんな時こそ面白がってわざと遅くまでさせられた。ジュディ・オングさんの『エーゲ海のテーマ~魅せられて』が大ヒットし、歌とともに両手を広げる真っ白なドレス衣装が一世風靡した、1979年(昭和54年)頃である。
麻雀でのリスク管理として学んだことは、一つは、上記のついてない時には無理せず早く終わること。もう一つは、4着が1、2回続くと負けを取り戻そうとしゃにむになるが、余りにも負けが大きくなるともうどうでもいいやという気になり、結果として大負けしてしまう、それを肝に命じること。
新宿支店には、新入社員として入行後の翌1月に転勤して以来16年後に1990年(平成2年)1月に支店長として単身赴任した。本部のときと違い卓を囲む時私が齢も役職も一番上であった。部下を慰労すべきであったが、負けず嫌いもあり、むきになって結果として部下から巻き上げることもあった。今にして思えば39歳とまだ若いとはいえ支店長として未熟だったと後悔している。
新宿支店はたった8ヶ月で去ることになった。1989年年末の大納会で株式が当時の最高値38,915円をつけ新年は4万円かと囃し立てられたが、新年早々下落し3月には平均株価は3万円を割り、さらに9月には2万円割れも見て、半年間で日経平均が半値となる大暴落となった。
そんな折1990年10月新宿支店長から証券部長へ私は異動することになった。周りから「なぜあんなド素人に任せるのか」と言われるまでもなく、私自身が青天の霹靂。何せ、自社株以外株(の売買)をしたことがなかった。私を指名した役員は白羽の矢ではなく毒矢を向けたのかと訝った。
ともあれ、皆が心配しているので、「謙虚に、正直に、」をモットーとし、「勝ったのは相場のおかげ、負けたのは自分の腕」ということを肝に銘じた。
私は素人の部長なのだから部の統括だけでもよかったのかもしれないが、賭け事が好きな性分でもあり、怖いもの知らずで日経平均先物の売買をした。上述の麻雀でのリスク管理として学んだことの2つを心の拠り所として。
ビギナーズラックもあり、無難にスタートしたが、翌1991年大発会で売ると決めていたのに、買ってしまった。すぐに損切りすればよかったが、素人の稚拙さが出てしまう。損切せず、難平(相場下がれば買い増しし簿価を下げること)を繰り返すことになってしまった。
素人は評価損になると損切して損を確定することを嫌い、含み益は直ぐに益出ししがち。プロは判断が違ったと思えはすぐ損切し、含み益はできるだけ長く持とうととする。
1990年年初の大発会から一転下がり始めた株価は上下しながら下がり続け、2009年3月10日、日経平均株価終値が、バブル崩壊後の歴史的な最安値となる7,054円98銭を記録した。この間いくら何でももう回復するのではと思い私のように大げさだが地獄を見た人が少なからずいたのではないか。
大きな負債を抱えると、相場観は株は戻るとしか思えなくなる。他者が肩をたたいてあげるべきであるが部長に声をかける者はいない。
私は2年間だけだったので、株価が一時的に回復傾向を辿ったことにより、評価損を大方消すことが出来、首にはならなかった。クリスチャンやムスリムなら神のご加護と感謝するところか。私は単に運がよかったとしか思っていないが。
遊びの麻雀と違い、大きな負債を抱えてどうにでもなれとはならず、真剣にやり続けた(銀行20年の勤務の中でこの2年間が一番真剣に仕事をしたと思う。土日は居ても立っても居られず、人生で初めて、土日は嫌だと思った)。ストレスは相当なもので、ストレスに体の弱点を攻撃された。慢性副鼻腔炎が悪化し、右頬が腫れ上がり、入院し手術を受けた。それと同時にストレスで免疫力が低下しがん細胞を見逃したか。
20年後前立腺がんが顕在化し、前立腺がん患者としては若く62歳で放射線治療を受けた。それから14年経過するも再発の兆しはない。が、前立腺が放射線で焼かれ、オアシスが砂漠化したごとく射精障害に。治療=QOLの低下を悟った。
職業人生は保持できたが、その代償は小さくはなかった。
1994年に銀行を任意退職し非営利法人の職員へ転身した。最初の10年は今でいう公益社団法人で麻雀はしなかった。その後の10年間は業界団体で、私が世話役となり、役員・会員の有志で3か月に一度麻雀大会を開催していた。
66歳で卒職すると、健康麻雀でも参加するかと思っていた。が、人見知りするタイプなので、初対面の方々との麻雀はどうかと思案しているうちに、新型コロナ禍もあり、すっかり忘れてしまった。
最近はMリーグのダイジェスト版や人気雀士の動向をYOU TUBEで観ていることが多い。これからは、妻が麻雀に興味を持ち始めたので、麻雀等のテレビ―ゲームのソフトを購入しており、妻に麻雀を教えてあげたいと思う。私が亡きあと健康麻雀で楽しめるほどに。
毎水曜日にBS10にて各団体のタイトル戦の優勝者を集めて『麻雀オールスター BS10チャンピオンシップ20』と題してトーナメント戦が放映されている。今季はジョーカーとして自称雀歴50年の堀江貴文氏が特別参戦している。
2025年度は魔王と呼ばれる佐々木雀士が最終盤魔王にふさわしく怒涛の追い込みで優勝した。それで優勝賞金は5百万円で個人戦では最高と言っていた。プロにおける1年間に亘るトーナメントでたったそれだけかと驚いた。思っていた以上に麻雀だけで生計を立てるのは難しいということか。
スポンサーにとっては、慈善事業ではなく、費用と広告宣伝効果との兼ね合いからすれば見合っているということなのだろう。
中林圭雀士が団体が多すぎてスポンサーが戸惑う面もある。中国の戦国時代みたいで、秦の中国統一が必要かといったニュアンスのことをYOU TUBEで言っていた。
『麻雀団体分裂と闘争の歴史 もめ続けた50年の真実を暴く』(竹書房)の電子書籍版を購読したが、読んでる途中で麻雀界統一における始皇帝にあたる人物は麻雀界全体のことを考えられる藤田晋氏しかいないと感じた。
私は、藤田氏の下で、ルールも統一し、プロ認定もそこで行うのがよいと思う。簡単な話ではなさそうだが。
市場を拡大するにあたって、裾野を広げてはと、2021年8 月臨時号 NO.157(「 テンピンルー VS テンピンルール(2) 」)にて二つの提案をしている。
一つは、麻雀を知らない昨今の子供や若者に関心を持ってもらうために、将棋の駒づくりで有名な天童市で毎年『人間将棋』が開催されている。『人間麻雀』を開催してはと思う。
体育館か屋内にて、一対戦者の前に立つ黒Tシャツ・黒ズボンの黒子13人が花札を何倍も大きくした牌板を胸の前に掲げる。14人目の黒子が牌板を引き、対戦者の指示で不要な牌板を持つ黒子と入れ替わるというやり方で。捨て牌にあたる黒子は仰向けに寝て、見にくければモニターを活用して。
もう一つは、人間麻雀が極めてアナログに対して、大学生を対象には「e-麻雀 全日本大学選手権」を開催してはと思う。箱根駅伝のように運営は学生主体で。
5年前にこんな提案をしている。検討してもらえると嬉しいのだが。
(次回250号は8/20アップ予定)