2026. 8 NO.248 うい VS うれい
今回のテーマは「憂」。憂の訓読み、「憂い」には主に二つの読み方と意味があるという。一つは「うい」と読み、思い通りにならないつらさや不愉快な気持ちを表すという。
もう一つは「うれい」と読み、心配や悲しみ、気が晴れない状態を表すとする。
前者の「うい」は現代では使われることはないのでは。「うい」(愛い)は武士言葉が今もシャレとして使われている。上司が部下に対して「うい奴じゃ! 」と言うように。
「憂さ」は「うさ」と読む。「憂さ(憂鬱な気分 )晴らし」として使われる。
「憂」という漢字には良いイメージがないので、“みちょぱ”の愛称で知られる池田美優さんのように「優」が多いと思っていたが、人の名前に「憂」が使われ出している。
サッカーの堂安憂・元選手(堂安律選手の実兄)、馬場憂太選手、レスリングの山本美憂選手、女優・歌手の吉本実憂さん、声優・歌手の富田美憂さん、セクシー女優の、麻倉憂さん、田野憂さんなど少なくない。 平成後期からニュアンスとしてポジティブに解釈する動きが見られるという。
「憂」には、相手を思って「案じる心」「深く思いやる心」、 静かで物思いにふける「繊細さ」「感受性」の意味が込められるているという。「憂」を含む名前を、他の明るい漢字と組み合わせて「深みのある優しさ」などと解釈するらしい。
「憂い」の対義語は「喜び」か。恋愛関係において、若者男子は男自身が喜ぶのがうれしい。この場合嬉しいは男偏に替えるべきか。年配者の男は女が喜ぶのを見て嬉しいと思う。
分別や落ち着きもあり、がつがつしていない年配者の方が若者よりも女子にモテルのかも知れない。
昨年若手人気女子プロゴルファーと30歳年上のコーチとの恋愛が話題となった。妻とは長期別居中とのことだが、結局不倫は破局した。不倫は、今や犯罪ではないが、“道ならぬ恋”として家族や世間が許さないのだ。
野生動物と同じく人間も異性をめぐって争う。それは男の専売特許ではない。1920年の頃中国では実態として一夫一婦多妾であり、大富豪の主人から寵愛を受ける妾同士の愛憎や暗闘について中国映画『紅夢』に描かれている。
人類は、争いを避け、「種」の存続に向けて太古の昔から一夫一婦制を選択してきているのだ。
こんな浮いた話と縁のない仙人のような今の私は、清く、貧しく、美しく、否、醜く生きている。本ブログを書いては一方通行ながら社会と繋がっている実感を得ている。小さな拡声器に向かって独り言をつぶやいているようなものだが。
仙人なら心穏やかのハズなのだが、常に憂いを帯びている。毎日が日曜なのに気が晴れない日が少なくない。私が心配してもどうにかなる訳ではないのに。
株価は、1989年12月29日にそれまでの史上最高値38,915円87銭を記録してから、その後約19年間上下しながら下がりつづけ、2009年3月10日(火)に史上最低値7054円98 銭を記録した。私は銀行の証券部長として2年間(1990年10月~1992年9月)でしかなかったので運よく首にならず他の部に横滑りできた。証券会社の株式部の人達はその間何度も株価は戻ると思いその都度痛い目にあったのでは。
当時の史上最高値(3万8915円87銭)を34年2カ月ぶりに更新したのは、2024年2月22日( 3万9098円68銭)。
それから2年しか経っていないのに、先月一時的に最高値72,000円を超えた。バブルの崩壊を経験した私にはバブルの再来としか思えない。
前回ではバブルが泡と消える前に株に縁がない主婦までが口にしだし崩落が近いと予見した人もいた。今回半導体株とAI株が日経平均を押し上げているとのことで、庶民にはバブル感がないのかも知れない。
日経平均先物をしている人にとってはよりハイリスク・ハイリターンか。株価に値がつくということは、買う人だけではなく売る人がいるということ。売る人がプロの投資家や証券マンからアドバイスを受けた富裕層で、買う人が証券マンから煽られた庶民達でないことを祈るばかりだ。
戦争もバブルと同じか。世代が変わると同じ過ちを犯しがち。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言うが、敗戦から喉元とは違い長い年月が経ち、戦争の悲惨さ、残酷さを体験した者はもうほとんどいない。終戦時15歳で戦争経験のない人でも1930年生まれにて今年96歳にもなる。
かつて大きな影響力を有した官房長官の中で故後藤田正晴や故野中広務は「二度と戦争はしてはいけない!」と何度も言っていた。今度戦争が起きれば戦争ゲームに勤しんだ世代やその子供が戦士となろう。その若者たちが、高市首相を歓迎しているのか。
今の政治家に戦争体験をした者はいないだろう。米国では、強硬な軍事活動などに賛同するタカ派(ホーク)でありながら、自身には従軍経験がない腰抜け(チキン)のことをチキンフォークと呼ぶ。れいわ新選組の女性議員は国会でタカ派議員に向かって「チキンフォークにならないだろうな!?」という意味のことを叫ぶ(石を投げて逃げるみたいに。国会議員ならもっと論戦をすべきところだが)。
高市首相もそうだが、今の政治家で真のタカ派の政治家などいないと思う。戦前は東條英機を初めとする戦争を主張する軍人首相はタカ派と言えるだろう。米国に対して、物量において彼我の差は大きいが、精神論では負けないとか言って戦い、敗北した。歴史は無謀と書き加えたが。
80年過ぎた今も負けた相手米国に日米同盟という麗しい名で間接支配されている。が、今の自称タカ派の政治家はそんな日米同盟を前提にしている。日本丸の船長である首相は政策は論じるが、日本の進むべき方向先を示さない。雇われ船長が米国の大統領の指示待ちみたいに。
タカ派の語源は、「鷹」であろう。日本が鷹なら米国は鷲か。鷹と鷲はどちらもタカ目タカ科の猛禽類で、分類学的には同じ仲間。大きい個体を鷲、小型〜中型を鷹と呼ぶらしい。失われた30年の今の日本と米国の実態からすると、ゴルフ用語で言えば、米国がイーグル(鷲)なら日本はバーディ(小鳥)と言えるだろう。
鷹は大きい鷲に対して、足の爪を舐めたり、おべっかをしないだろう。タカ派?の安倍首相は2016年異形のトランプ大統領が当選すると、娘のイヴァンカ氏の靴まで舐めるのかと言われ、同じくタカ派の高市首相はトランプ大統領に抱きついたり、ハシャギ過ぎと批判される。
鷹は、①縄張りを守る(国土、領海・領空を守る)、②仔に食べ物を与える(国民生活を維持させる)、外敵から仔を守る(国民を守るディフェンスを拡充させる)、のが仕事。
日本のタカ派もどき政治家は、日米開戦の悲惨さを体験しておらず、経済的・軍事的に米国を凌駕しつつある中国を刺激する。外交努力に注力して防衛費を極力減らすことをせず、防衛力利権に執着しているとしか見えない。
本気なら、まず国民の安全を守るため、永世中立国スイスのようにまず地下壕や核シェルターなどを拡充させるハズ。
武家社会における戦争ゲーム・将棋の永世七冠の羽生善治棋士も、タイトル八冠達成の藤井聡太棋士も、自陣を守ってから攻めに転じる。
敗戦直後では、鷲に負けたハズの鷹の吉田茂首相は、鷲の米国が朝鮮戦争もあり日本の再軍備を求めたが、GHQが押し付けた「戦争放棄」の憲法明記を盾に固辞した。
その後米国のアメ政策により日本が経済復興したのに、日本の首相が米国の大統領に隷従しているように見えだした。
私は、米国とくに故キッシンジャーと日本の検察とがエスタブリッシュメントとは違う異形の田中角栄首相をロッキード事件により葬った(首相の立場にある田中は自らの保身の為に日本にとってより大きな疑惑を暴露することはしなかった。それで中曽根首相は助かったか。批判するメディアに対しても、それが仕事と問題にしなかった。器が大きかった)。
田中の失脚がその後の首相にとってトラウマになったと思っていた。
ところが、末期がんを宣告された経済評論家故森永卓郎が遺書本として『書いてはいけない 日本経済墜落の真相』を上梓した。その中で、日本航空123便墜落事故に関する疑惑が書かれていた。それが本の核心なのだろう。
恥ずかしながら、不勉強が露呈するが、私は知らなかった(疑惑問題の発端は2017年刊行の青山透子氏の『日航123便墜落の新事実:目撃証言から真相に迫る』。青山氏は赤の他人ではなく日航の元客室乗務員。義憤に駆られての告発本と言え、黙殺するには重すぎる)。
しかし、遺言本を上梓した森永に対して大手メディアは皆無視したのでは。天国に召される人に少しは手向けの言葉があってもと思うが。森永は失意の中で逝ったか。
真相が再検証される日が来ることのない、日本におけるタブーの一つと理解すべきなのだろう。
疑惑の件とは別に、我々庶民の男たちが教訓とすべきは、森永が亡くなる前でしか書けないことを女性が書いたことだ。女はいざとなれば命も外聞もない。女を本気で怒らせることはしてはならないということだ(先般逮捕された著名野球監督の妻の様子を見ても。妻はその場に居たハズだが、記事ではその存在が見えてこない。長女の児童相談所への電話を止めていないのでは。本来妻が逮捕・連行を止めるべく身を呈して警察官に哀願するところだが。逮捕劇の主因は冷め切った夫婦関係にあると見えてしまう)。
同じタブーである、田中角栄の失脚(角栄裁判1983年10月12日 一審で有罪判決)と日航機墜落事故(1985年8月12日)とはほぼ同時期。いずれにしろ、その頃から日本の首相は米国大統領に隷属して行ったと思う(世界一強の米国の傘下で政治家が平和ボケして劣化しただけと反論する向きもあろうが)。
タカ派もどきの政治家に対して自衛隊はどうか。私は自衛隊に入隊する勇気も志もなかった。よって国や国民の為に命の危険をもろともとしない自衛隊員に対して尊敬の念を抱いている(同様に警察官にも消防士にも)。とはいえ、全幅の信頼を寄せている訳ではない。
その理由の一つは、軍人は負ける戦争にも反対と言えないこと。海外から、とくに日本を警戒する国からすれば、自衛隊は軍隊と、自衛隊員は軍人と、見られている。軍人は戦争する為にある。よって、首相から戦争を求められたら、指示・命令でなくとも反対できない。
戦前海軍の山本五十六と米内光政は、日米間の彼我の差を痛感し、戦争すれば負けると反対していた。しかし、最終的には、山本は「山本自らが飛行機や潜水艦に乗って1年から1年半は存分に暴れてみせる」と言ってしまう。軍人は自己否定になることは言えないのだ。そして山本は死ぬをことをその時点で既に覚悟していたハズ。ラバウル基地から飛び立った視察中に米国の戦闘機に撃ち落されたが、死に場所を求めていた、自殺行為だと私は思う。
歴史家保阪正康氏の『昭和陸軍の研究』(朝日文庫) の上巻の最後に山本五十六のことが書かれており、石原莞爾の秘書役で妻が山本五十六の姪である故高木清寿によると、石原も「あの人は戦争の前途がわかるから、死に場所を求めているんだろうな」と言っていたという。
山本は負ける戦争をしてしまったことの責任を痛感していたのだろう。東京裁判はともかく、投降すれば山下奉文のような目に遭うことも予見できていたのかもしれない。
もう一つの理由は、自衛隊の元幹部の大言壮語的な発言に危うさを感じること。国民に不安を与えない為かも知れないが。
自衛隊は戦後80年一度も戦争をしていない。自衛隊員も戦士とはならず誰一人戦死していない。訓練中に亡くなった方はいるが。それなのに、ロシアのウクライナ侵攻において、ロシアの軍事行動をBS番組で自衛隊の元幹部が見くびった発言をする。確かに幹部は優秀に違いないだろうが、自衛隊全体としてはどうなのか。
2023年4月6日付け宮古島沖陸自ヘリ航空事故が起きた。陸上自衛隊第8師団の坂本雄一師団長を初め師団NO.3の幕僚長など複数の幹部も同乗しており第8師団の心臓部が一度に消失したと言われる。
分乗すべきだったかは結果論かも知れないが、月刊『文藝春秋』2023年6 月号(5/10発売) に作家麻生幾氏が寄稿している。現場は混乱していたと。敵国からの奇襲を受けたのではなく、単に海上での事故に過ぎなかったのではあるが。
タカ派もどきの政治家に加え、自衛隊の防衛力の真の実力が判らないことは、国民にとって不安感を与える。
だが、国民の不安を和らげるべき左派のテレビ局の動きも理解し難い。
平和国家を標榜するハズ?の日本の左派メディアとしてロシア、ウクライナ双方に早期停戦を呼びかけるのかと思えば、日本がウクライナと同盟国かのように、BS-TBSの『報道1930』においては連日の如くウクライナ側の視点に立ち戦闘分析を取り上げていた。BS朝日では毎日曜19時からの『日曜スクープ』にて。
それらのBS番組を仮想敵国の諜報部員も観ている中で、自衛隊元幹部や防衛研究所の研究員が得々と話している。何の為に日々の戦闘分析を視聴者に見せているのか。防衛省内ですればいいと思うことを。
ところが、2025年1月トランプ共和党政権がスタートすると、日本の左派メディアはウクライナ戦争を取り上げなくなった。そこで疑問が浮かんだ。日本のメディアも民主党寄りの米国メディアに支配されているのかと。あるいは、現地特派員に十分な現地取材予算が与えられず米メディアから情報を得るために、指示に従っているのかと。
日本の左派メディアが右派メディアと変わらないのであれば、大手左派メディアは二つも要らない。構造不況業種化する中で大同合併し“朝日毎日新聞”になればよいと思う。
優秀な自衛隊と思うが、訓練はよくしていても実践でどうなるかは不明。大手メディアが権力を監視する第四の権力を行使しない中、タカ派もどきの政権による偶発的にしろ中国との軍事衝突が憂慮される。杞憂と嗤われるかも知れないが。
そんな中で、衆参両院の正副議長は6/10、皇族数確保に関する「立法府の総意」を与野党の全体会議で取りまとめ、高市首相に提出した。それを踏まえて6月末皇室典範改正案が衆院に提出された。が、「立法府の総意」にはなかった、「養子に生まれた男子は皇位継承資格を持つこと」などに野党が反発している。
6年前にも皇族の減少に対して検討がなされていた。今頃になって、遠慮近憂と言えども拙速に進めるのはどうなのか。
旧宮家の人々の意見も聞いていないと言われる中で。
特定の権力者の利害に利用されることがあってはならない。天皇陛下も心配されておられるのでは。
近年「権力」側は「権威」側を目の上のナントカ扱いにしていないか。はき違えている。国民が権力者の愚かな言動に愛想をつかしても日本人としての帰属意識を失わないのは、ひとえに天皇家を心の拠り所にしているからに過ぎない。
6年前の2020年2月号 NO.127 (「じょせいてんのうVS じょけいてんのう」) にて私はこう書いている。
女系天皇には、反対の立場。英国のエリザベス女王は女系国王。崩御すれば夫エジンバラ公との間に生まれた第一子チャールズ皇太子が国王に即位する。その後は皇太子と故ダイアナ妃との第一子ウイリアム王子。その王子とキャサリン妃との第一子ジョージ王子と続く。将来ジョージ王子の第一子が男子になるようなことがあれば、もうエジンバラ公を男系始祖とするエジンバラ王朝と見てもおかしくない。エジンバラ公は、どこの馬の骨ではなく、歴とした貴族ではあるのだが。テニス界のKならまだしもパラリーガル界のKを思い浮かべれば、女系天皇に消極的になる人が多いのではないか。
やはり、人の思惑が入り込む余地の少ない日本固有の今の「男系男子による万世一系」がよいということになるのか。共産主義者や一部の弁護士ら天皇制に反対する者(国民の2割前後?) は存在する。しかし、天皇の即位に際しその正当性に疑義を唱える者はいない。天照大神を皇祖神として126代連綿と続く史実ほど強いものはない。
私は、大勢寄せられる愛子天皇待望論は理解できる。けれども、タカ派もどきの政治家に与するつもりはさらさらないが今も6年前と考えは変わっていない。
今は医学もさらに発達し、受精胚は、専用の凍結保護液に浸したあと、凍結保存の容器に入れてマイナス196℃の液体窒素で凍結保存できる。さらに、受精卵(胚)の段階で、性染色体の組み合わせを調べることで、将来生まれてくる赤ちゃんの性別も判るという。妃の母体への負担が大きいとなれば代理母出産の方法もある。国民が関知する必要はないが。
確定路線としての現皇位後継順位第2位(実質1位と言えるか)として健やかに成長されている悠仁親王殿下とその妃により皇族を増やすことは可能ではないか。
愛子天皇支持者からとやかく言われようがポストが人を作る。戦前現人神の昭和天皇から戦後象徴天皇に変わったが、国民に寄り添う象徴天皇像の確立に皇后と二人三脚で尽力なされた現上皇、上皇后陛下が国民より敬愛されている。
まずは、皇后雅子さまの時より男子を産まなければとのプレッシャーが大きく、また、秋篠宮家に対するイメージもあり、悠仁親王殿下に嫁ぐハードルが高い問題に注力すべきだと私はそう思う。
政府案とは関係なく、私自身は愛子さまには一人の女性として、よき伴侶得て幸せな人生を送っていいただくことを念じている。
間接選挙(憲法第67条1項「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」)にも拘わらず、国民の人気投票のような直接選挙と変わらない実態になっている。
大手メディア、政治評論家、自民党議員がそれに疑問を持たないなら、タカ派もどきの安倍首相→高市首相⇒小泉(進次郎)首相の流れが予想されてしまうのを憂苦している。
小泉防衛大臣に対しては、早稲田大森川友義名誉教授が「以前の進次郎構文は、意味が空洞である点に問題があった。現在の構文は、空洞の中に安全保障政策が入っている点で、はるかに危うい。」と憂心している。
知性、教養、論戦力が不足し、すぐ言葉がつまると恫喝的な言動をとる、タカ派もどきの首相たちによって日本が普通に戦争する国になりかねないとすれば、その中で愛子さまが国家元首になられるのは極めてリスクがあると私は憂思している。
北朝鮮の金王朝3代当主金正恩氏は後継に娘の主愛(ジュエ) 氏をあてがうと見られている。儒教の国の軍部が軍の最高指導者として女性当主を認めるのか。認めたとして、金正恩氏の妹与正氏を担ぐ軍一派と主愛氏を担ぐ一派と権力争いも考えられる。叔母と姪、負けた方はどうなるのか。
英国では、従姉妹の関係にあった、プロテスタント国イングランドの(年上の)エリザベス(一世)女王とカトリック国スコットランドのメアリー(スチュアート)女王とが緊張関係にあった。メアリー女王がイングランドの王位継承権(祖母がチューダー朝ヘンリ7世の娘)を持つが手放さなかった為、庶子の立場のエリザベス1世の王位を脅かす存在としてみられていた。
メアリー女王が政変で国を追われイングランドに亡命したときに捕らえられ幽閉されてしまう。エリザベス女王自身は処刑を望まなかったが、幽閉から19年後エリザベス女王名にてメアリー女王は1587年処刑されてしまう。この顛末は映画『ふたりの女王 メアリーとエリザベス』(2019年日本公開)に描かれている。
日韓併合に伴い、朝鮮王朝最後の皇帝・高宗の一人の娘である幼い徳恵翁主は、皇族の一員となるべく日本へ渡らせられ、長じて政略的な縁談で結婚するも、次第に壊れていく。
敗戦後財産を失った夫とは離縁となり、二人の間の娘は山へ行方不明となり、本人は精神病院に。それを知った韓国の国民が憤慨し、1962年37年ぶりに祖国の地を踏む。その間の経緯は、韓国映画『ラスト・プリンセス―大韓帝国最後の皇女―』(2017年日本公開) に描かれる。
私は、愛子内親王が国家元首となられて上記のような映画の主人公になられないか、憂患している。敵国の地に旅立たれる姿を私は想像したくない。王室がなければなおさらに。
欧州と日本とは過去から女の扱いが違う。日本人は「レディーファースト」の語源を勘違いしている人が少なくないのでは。元の意味は危ないところを先に女に行かせることをいう。イメージとしては、飛行機嫌いの北朝鮮金正恩総書記が他国に行く場合列車を利用し到着した折妹の与正氏が真っ先に列車から降り、周りの様子を窺うようなものだ(もっとも与正氏の場合は兄を守る為の自発的かつ献身的な行為に過ぎないが)。
欧州の女性はこんな差別と闘い男女平等を勝ち取ってきた。
日本は、戦国時代など合戦に負けるとなると裏門から妻子を逃がした。信長は例外として、勝利した側の武将は処刑したり奴隷とせず敵将の正妻などを側室とした。
今の日本男子は男女平等を受け入れている。ただ、米国のアファーマティブアクション(Affirmative Action)における性別や人種等の理由で差別を受けている人たちに対する格差是正措置が白人労働者から逆差別と受け取られるように変わった。同じように日本の大手企業のハードな日々を送る男子は、女子が産休・育休を繰り返しながらも男子と肩を並べて昇進することに内心不満を持ち、高市首相の「働いて 働いて」発言に好感を抱く面もある。皮相的ではあるが。
それでも、日本男子は、男女平等なら女も重い物も持て、怖い取引先にも交渉に行けとは言わない。
ジェンダー平等の女闘士も、女性差別には吠えるが、男女平等だから仮に戦争になったなら(第二次世界大戦時ソ連の女性たちが自発的に参戦したごとく)女も銃剣を持ち戦場に行くべきだとは言わない。
日本女性も強くなったと言われるが、奥ゆかしさが日本女性の美徳であり、優しさが特質である。欧米の女性と同じだと思うべきではない。トランプ大統領に対する態度において、高市首相とイタリアのメロー二女性首相との違いを見ても(置かれた立場の違いはあるにせよ)。
(次回249号は8/1アップ予定)