2026.7  NO.246    ランプ VS   ランプ
 迷走状態の米国トランプ大統領は、米国民が望んでいる方向とは真逆の物価高を招く相互関税政策を採り、しかも中国の反撃に遭い、金融マーケットから「TACO(タコ)」(Trump Always Chickens Out:トランプはいつも尻込みして退く)と揶揄された。
 さらに、イスラエルの口車に乗りイラン攻撃により原油価格の高騰を招くが、中間選挙を控え早期の停戦を望むトランプ大統領の足元を見てイランは停戦に応じずホルムズ海峡の封鎖を止めようとしない。今度は金融市場から「NACHO(ナチョ)」(「Not A Chance Hormuz Opens:ホルムズ海峡が再開する見込みはない)」呼ばれている。
 今度は、「ELME(エルメ)」(Expected to Lose Midterm Elections:中間選挙で敗北すると予想されている)と呼ばれるか。ただ、下院は、区割りの変更が共和党に有利となり、思ったより接戦になるとの見方も出てきている。だが、5月訪中した際余裕で笑みを浮かべる習近平国家主席と並んだトランプ大統領の萎縮したかのような姿は米国の威信と米国人のプライドを傷つけただろう。日本元首昭和天皇は敗戦後突然

故マッカーサーと並ばされた屈辱に耐え威厳を保たれたが。

 窮地のトランプ大統領(2.0)に高市首相はよく似ている。トランプ大統領は、中間選挙を前に支持率を下げて、焦っている。野球でいえば、前監督時代は監督にも意見が言える、ひとかどのコーチが揃っていたが、今回は、選手経験のない監督なのにこれまた(とくに外交において)素人のような、しかもイエスマンでしかないコーチではチームとしてスランプ状態になるのは、不思議でない。
 なぜ、イエスマンしか置かないのか、以前私は、その理由として、大統領が自身の思い通りしたいが、知見、識見を上回る側近では言い負けてしまう為と書いた。
 高市首相も官僚の意見を聞かないのは同じ理由だと思う。深夜まで勉強する勉強家と言われているが、私から見れば、未だに受験生をやっているのかと思う。首相と同じ大学を卒業しているが、受験勉強なら、私の方がたぶん長時間やっているハズ。数学や国語(漢字以外)は暗記しなくてよいが、それ以外の科目は暗記が基本でその苦痛に耐えて。自慢にもならないが。
 (通産官僚・作家の故堺屋太一がそうだと言われていたと記憶しているが)一度読むと覚えてしまう人がいるが、凡才の私は何度も読まないと覚えられない。それだけ時間が長くなる。高校の同窓会に行くと、私に対しては何度も下線を引いて覚えるから教本がボロボロになっていたことが話題にされた。覚えていてくれたことはありがたいが、頭が悪かったと言われているようで内心嬉しくなかった。
 受験は自身一人が頼りだが、社会に出ればそんなことはない。とくに首相には、同じ学年の間にてトップクラスの秀才である国家官僚が仕えている。その官僚を縦横無尽に活用すべきなのたが。
 QUAD(日米豪印戦略対話)は安倍首相が提唱したと歴史に残るが、それを発案し、お膳立てしたのは外務省の官僚たちであろう。官僚を活用しないのなら、能力をうんぬんする前に首相としての適性がないと言われても仕方がない。
 昼間は学校と国会との違いがあれど、60年弱前運動部や他の部にも入らず塾にも行かず、家に直帰しひと眠りすれば深夜まで受験勉強する受験生だった私のような生活をなぜ今も続けるのか。 学者なら理解できる。コミュニケーション能力が低くても論文で勝負できる。論文作成や書籍を出版する折論調の変化を避けて一気呵成に書くべく連日深夜まで続くことがあろう。
 私も本ブログがOne Wayなので偉そうなことは言えないが、高市首相SNSも一方通行。政治家なのに会食が苦手という。最近克服すべく側近ら議員とランチに行くとメディアがフォローしているが。議論も苦手に見える。大統領として何かと問題があるトランプ氏だが、ディベートが得意なこともあり、記者の嫌な質問にも逃げずにちゃんと答えている。
 高市首相は解散総選挙の前のN HK日曜討論(党首討論)もドタキャン。議員も国民も、世論調査で高市氏が高い支持を得てるのに700億円もの費用をかけてなぜ今なのかと解散総選挙に反対してるのに、高市首相は強行した。なのに、信任を問われるべきビジョンや政策を理解してもらえる絶好の機会とも言えるのに(高市首相の置かれた立場にすれば権利ではなく義務だが)、2/1付けNHK日曜討論を欠席した。欠席後、午後の遊説は予定通り行う。 ドタキャンに対しては何もフォローしていないから「逃げた」と私は理解している。
 “知の巨人”として私が尊敬している佐藤優氏が週刊新潮の連載コーナーで擁護しているのを読んで驚いた。ご自身も闘病中なのでと私は無理やり自分を納得させた。
 高市氏のドタキャンは師匠の安倍首相を真似てと言えるか(尊敬する人のマネはその人の悪い所しかマネできないことは別の機会で述べる)。新型コロナ禍への対応のまずさ、桜を見る会問題への追及から政権を投げ出すのに安倍首相は持病を利用した。本来首相の入院は政治的に命とり。癌で亡くなった池田勇人首相は、ひた隠ししたが、隠しきれなくなった時佐藤栄作氏(後任首相)に後事を託し辞任した。

 安倍首相はあろうことか車で病院の中に入る所をメディアに撮らせた(持病の悪化自体は本当だろう。高いストレスは体の弱点を攻めるから。ちなみに私の体の弱点は慢性副鼻腔炎。悪い頭の方がより問題なのだが)。
 総選挙の投票日の前日英紙に「日本で選挙に勝ちたければ『はっきり話して、何も言うな』」と皮肉られた。が、その通りになった。米国や韓国のように政治的民度が高いと却って国民が二分するから、高ければよいというものではないが、優秀な民族である日本人の政治的民度の低さに呆れている有識者も多いのでないか。
 その有識者たちからこれほど批判や苦情、懸念を受ける首相もいないのではないか。私が本ブログで名前を挙げた有識者だけでもこれだけいる。元政治家の、小沢一郎氏、田中真紀子氏を初め、普段首相批判しない?学者の池田清彦氏、遠藤誉氏、エコノミストの木内登英氏、インフルエンサーのひろゆきこと西村博之氏(以下「ひろゆき氏」)など。 
 本ブログに名を挙げていないが、芥川賞作家平野啓一郎氏が日曜討論ドタキャン、経歴詐称疑惑など痛烈に批判し続けている。東大医学部卒で知性と豊かな教養で医師の枠を超えた里見清一氏は週刊新潮の連載コラムで高市首相に批判的。インフルエンサー井川意高氏は「家事支援やベビーシッターの普及後押しのため、政府がそれらの利用者への税制を優遇する制度を新設する方向で調整に入った」との新聞記事に関し、ネット民の「専業主婦には増税して、家事支援には税優遇?馬鹿なの?ほんといい加減にして」との投稿に賛同し、「やっぱり高市は ニセモノ クソクズだったわ!」と断罪している。インフルエンサーとしての橋下徹弁護士は高市首相対して是々非々のスタンスだが、首相の靖国神社参拝見送りに対して、「現実にできないことを『やる、やる』という政治家ほど信用できない」と批判している。68歳ミュージシャンのうじきつよし氏も痛烈な高市首相批判を続けている。

 世襲でない、しかも女性議員として不利ながら他者を踏み台にしてでもがむしゃらに猛進し、ついに政治家の頂点に立った。高市首相は欣喜雀躍すべき所であるが、 日本の「権力」のトップに立ったのに、遠慮会釈なく有識者に批判され、週刊文春には旧統一教会問題、「政治とカネ問題」に続き、衆院選で高市事務所の秘書が対立相手を批判・中傷する動画の作成を依頼したとする疑惑を追及されている。

 首相になる前から同じことを言っているだけなのに、国会で首相として台湾有事発言すれば中国習近平国家主席に激怒され、首相に代わって日本の経済人が迷惑を被る。垂秀夫元中国大使には月刊『文藝春秋』にて不用意な発言を窘められるばかりか、師匠安倍首相との違いを指摘される。
 高市首相は首相の孤独、怖さを身に沁みて感じているのでは。最近の様子を見れば、健康問題もあり、生き急いでいるように私には感じる。批判されるのは分かっているのに、高市首相が“激推し”ミュージシャンとの面会後に「もうこれでいつ総理を辞めてもいい」と洩らしてしまうのを見ても。
 そんな高市首相は、国民の心を一つにすべき存在の首相でありながら、「国論を二分する政策」と謳い、憲法改正も1年で成し遂げると気勢を上げる。
 福音派、ユダヤロビーに従い、物価高対策を期待していた市民を失望させるトランプ大統領のごとく、支持してくれるタカ派向けのリップサービス?(期待感しか述べない拉致問題も同じ)に徹し、物価高に苦しむ低所得者を置き去りにしているように見える。

 自民党は消費税減税は逆効果と分かっているのに、引っ込みがつかないのか高市首相だけが富裕層も含む消費減税を1年以内にと。0%であれ1%であれ徒労な議論は止めて、来年から困るのではなく今困っている低所得者層に今すぐ現金給付すれば済むものを。
 高所得者、その下の中所得者は、ふるさと納税も大いに活用できる。が、累進課税の微調整と捉え当然の権利として低所得者に同情しない。

 ふるさと納税も活用できない低所得者が生活に行き詰まり国に見捨てられたと思うあまり国旗を燃やしたら国旗損壊罪で処罰されてしまうのか。
 問題の憲法改正は、生き急ぐ?高市首相自身も出来るとは思っていないのでは。憲法改正は出来なくとも、日本の憲政史上初の女性首相として日本史に名を残すことでよいと考えているのようにも私には思えるが。
 なお、自民党タカ派の憲法改正の本命は「緊急事態条項」であろう。衆院憲法審査会憲法改正を巡る緊急事態条項のイメージ案によると、自然災害や感染症のパンデミックに続いて最後の5番目に「これらに匹敵する事態」とある。最後のこれがくせもの。戦時になれば日本に徴兵制が無くてもウクライナの如く国外への脱出禁止、若者の徴兵が可能となる。国の負債と国民の資産の相殺も出来る。何でもありとなる。
 緊急事態なら異常な環境下にあるといえる。民主主義は有名無実となり反対する者は容赦なく弾圧されよう。
 緊急事態条項を創設した時の権力者にその気はなくとも、後年悪用する権力者が出現することが懸念される。ナチスドイツのヒトラーのごとく。
 もっとも、良識の府・参議院は、緊急事態条項には消極的とのことで、しかも現状少数与党状態にて、2/3以上の賛成を集めることは、容易ではないが(参院で否決されても再度衆院で可決し成立させることも可能とのことだが、それだと参院はストライキ状態になるのかも)。

 なぜ、首相への適性がない、主要ポストを経験していない、党内基盤がない、ないないづくしの上、時宜を得ていない「積極財政」、表面的にしろ米中が歩み寄っている折米中双方から責めを受けかねない「対中強硬」を主張する高市氏が間接選挙で首相に選出されたのか。
 まず、大手メディアの問題を取り上げる。政治民度が低い国が直接選挙を実施すると、ウクライナのゼレンスキー大統領のごとく、政治経験のない、人気だけが高い大統領が誕生し、国民が悲惨な目に遭う。
 実質直接選挙と言える米国も政治経験がなくとも大統領になれる。が、過去共和党は、単独無着陸による大西洋横断飛行に成功しスーパースターとなった故リンドバーグが共和党の大統領候補になるのを阻止したように、有力な上院議員が免疫細胞の働きをしていたという。トランプ大統領は癌細胞とみられなかったのか。免疫細胞の方が弱っていたのか。
 トランプ大統領(1.0) は戦争をしない大統領としてそれなりに評価されたが、トランプ大統領(2.0)では、正常細胞が突然変異したかのごとく、イラン戦争に加え、大統領と不動産王との二足の草鞋よる利益相反問題で、中間選挙で下院が民主党優位となれば三度目の弾劾訴追を受ける最も不名誉な大統領となるかもしれない。
 民主主義(多数決)は、民度は一定との理想を前提している。現実は民度の高い層<民度の低い層。その矛盾を踏まえて間接選挙制度が設けられている。日本はその間接選挙。憲法第67条1項により「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する」とある。
 直接選挙ではなく間接選挙なのに、大手メディアは、なぜ「次の総理に誰が相応しいか?」と世論調査するのか。憲法違反とは言えないが、憲法の趣旨に反しているのでは。
 国民への問いかけは「国会議員によって選出される新しい総理に何を一番期待しますか?」であるべきだと思う。その結果も考慮にいれて国会議員が「国民のニーズがそうであれば誰が一番総理に相応しいか」と考え、投票するのが本筋であろう。
 国会議員が相応しい新首相を選び、新首相が組閣した内閣の政策運営に対して一定の時期に第四の権力である大手メディアがその評価を主権者たる国民に問う(総選挙の結果が正式な民意)のが間接選挙における本来のあり方ではないか。
 国民、いわゆる選挙民の首相希望を聞いてしまえば、身分保障のある国家官僚と違い選挙で落選すればただの人になってしまう国会議員は、国民の希望に迎合してしまいがちになる。間接選挙の意味がなくなる。
 自民党の総裁選も問題である。日本においては、現実問題としてほとんど自民党総裁が内閣総理大臣になっている。そして自民党総裁選に国会議員でない党員・党友を参画させているから(党友の中には党員歴も長く自民党に詳しい人もいようが、党員・党友全体としてみれば、一般選挙民の縮図にすぎないと言えようか)、直接選挙と変わらなくなってしまっている。
 憲法第67条1項に違反しているとは言えないが、その趣旨を鑑みれば、自民党総裁選において、党員・党友の参画を今更排除できないなら、予備選までとし、本戦は国会議員だけと選出方法を変えるべきだと思う。
 
  総裁選の前に私は、知性、教養、主要ポストの歴任などから、茂木敏充現外相と林芳正現総務相の争いを期待した。乱世の茂木、治世の林として。
 今の延長では、安倍首相→高市首相→進次郎首相の流れが見込まれてしまう。日本経済は長期低落傾向を辿るしかない。安倍氏に次いで高市氏も、元々タカ派ではなかった(私が社団居た頃知る高市氏はそう見えなかったし、政治評論家八幡和郎氏も同様の見方をしている。憲法改正に対しても同様だろう)が日本の3割を占めるというタカ派を支持基盤にしている。「国防」は「経済」よりとっつきやすく、答弁も用意されたことを読めば足りる。詳しいことは軍事機密に触れるとして答えなくても済むだろう。
 トマホーク購入に関する質疑応答にて、共産党吉良議員から「防衛産業を世界中に広げることが費用負担軽減だなんて、そんな戦争を世界中に広げるような危険な発言はしないでいただきたい。そんな高い費用をかけて戦争ができる国づくりをするなんていうことは到底認められない」と批判されたが、 タカ派の支持を取り付けて首相になれば、失われた10年ならぬ30年が40年となってしまうだろう。
 今の永田町村には村民を正しい方向に導く長老がいない。本来麻生太郎氏であろうが、麻生氏は、自身の権力・利害に対しては「老獪」だが、国、国民にとって「老害」と言わざるを得ない。公に私怨を持ち出し、地元の権力争いを党内に持ち込む。先の総裁選においては、地元の仇敵古賀誠氏をバックとする林芳正氏を決選投票に残らぬよう小泉進次郎氏を持ち上げ、目的を果たすと、決戦投票では国民人気に沿おう(高市氏支持)と言う。そのように私は振り返っている。
 結果オーライとはいえ、700億の費用をかけてまで今解散・総選挙はすべきでないと高市首相の生みの親なら言えるハズだが、矜持か信条か知らないが、「首相」に対しての強い思い入れがあり、最終的に首相の意見に同意してしまう。それなら、首相に引退してくれと言われたら御意と言うのであろうか。

 この悪い流れを断ち切るためには、私は今こそ党人派の首相から官僚派の首相へと変わるべきと発言してきた。自民党が単独与党であった黄金時代は官僚派首相であったので、その回帰を思ったのだが。
 しかしその反面、元神戸ッ子の私からすれば、灘高→東大法学部→キャリア官僚出身の国会議員たちは頭も顔もスタイルもスマートで雲の上の存在なのに、何故、統一協会問題なのか、裏金問題を起こすのかと思っていた。
 『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)の中で、兼原信克氏が田中角栄に言及し、「田中角栄は吉田学校の末席ですが、帝国議会のレベルの低さに辟易した吉田が連れてきた池田勇人、佐藤栄作といった高級官僚グループの中では異色の建設業者ですよね」と発言している。
 それが真実なら、今の官僚派議員は引き抜かれたのではなく、官僚としての限界を感じ、自ら国会議員に転身したということか。だから、少ないとは言えない官僚派議員が永田町村の住人になると、改革することなく、赤く染まってしまうだけなのか。
 そうであれば、官僚を目指した志は失わず、憂国の士たる官僚たちが首相に足る官僚を担ぎ上げ、政界に送り出せばよいと思うのだが。

 最後に、いまだに高市首相を支持する若者たちに触れる。
 46歳シンガー・ソングライターの七尾旅人氏は「この短い期間に、これほど国力を低下させ将来を閉ざしてしまった政権は初めてでは。これから日を追うごとに、その負債が鮮明になっていく」 と指摘し、いまだ高市首相の高支持率に疑問を呈している。
 タカ派の支持者の中には、高市首相の靖国神社参拝による「有限不実行」で離れた人もいるだろう。
 「自民政権を支持している庶民は『肉屋を応援してる豚』と一緒では?」とひろゆき氏に言い得て妙だが強烈に揶揄された、そんな庶民の中心に位置するのはネトウヨと若者たちか。新聞もテレビを見ず、SNSでも長文を嫌う若者たちがまだ支持しているのか。
  SNSの専門家によると、SNSは保守系の人が主流で、見たいものしか見ない。「高市首相の秘書による対立相手を批判・中傷する動画の作成依頼」疑惑も拡散しないという。高市首相礼賛の声にかき消されてしまうのか。
 若者たちは、相手にされなかった大手メディアをオールドメディア呼ばわりするネトウヨたちに感化されているということか。
 また、SNSでの高市首相の発信に対して「元気」「期待が持てる」とのイメージだけで支持しているように見える。

 私は、若者たちがかつてあった AKB48の選抜総選挙のノリで選挙を捉えているのかとも思ってしまう。
 AKBの選抜総選挙(2009年~2018年)は、政治の選挙を真似たのかもしれないが、「青は藍より出でて藍より青し」と言えようか。ファンから選ばれた第1位のメンバーが総監督になるわけではない。言い方はよくないが、客寄せパンダ的な位置付けか。
 総監督は、メンバーとスタッフにより決められる。過去高橋みなみ氏(2012/8/24~2015/12/8)、横山由依氏(2015/12/8~2019/3/31)、向井地美音氏(2019/4/1~2024/3/16) 、倉野尾成美氏(2024/3/17~)4名の総監督がいるが、総選挙で1位になった経験がある人で総監督になったのは高橋みなみ氏だけ。実際は、プロデューサー秋元康氏らスタッフの意向が強く反映されるのでは。この総監督が自民党でいえば総裁に当たると思う。今の自民党には、この秋元氏に相当する者がいない。
 ファン投票で1位に返り咲いた前田敦子さんは、挨拶で「私のことを嫌いでも、AKB48のことは嫌いにならないでください」と絶叫したが、高市氏も「私のことを嫌いでも、自民党のことは嫌いにならないでください」と言い、首相にならず、自民党支持固めに諸国行脚に徹していれば、有識者から批判を浴びることは無かったろうに。

 再度大手メディアに注文を付けたい。いつから大手メディアは選挙の予想屋・分析屋になったのか、権力を監視する第四の権力を放棄したのか。新聞離れ、テレビ離れの中で萎縮しているのか。とくに世界的な左派の退潮の中で左派が右派と変わらないとなれば、左派の存在価値はない。

 政権を批判するとともにオールドメディアと呼び大手メディアを軽視する若者たちに、座して時代の役割を終えるのではなく、左派の大手メディアは、そんな若者をDY(ディワイ=Degenerating Youth:退化した若者) と呼んで、反撃を兼ね若者達の姿勢を正してはどうか。
 明治維新、西洋に追いつく近代化において、とくに司法の担い手において東京帝大生を抜擢した。それに反発して早稲田、慶応の私学生も奮闘した。
 私が学生の折の学生運動も東大生らが主導していた。私が不勉強だけかも知れないが、TVのクイズ番組やバラエティー番組でしか東大生を見ない。社会を主導する使命を捨てたのか。社会が東大生にその使命を捨てさせたのか。私には判らない。東大の劣化とともに東大生が退化しているのではとしか言えない。
 その対極にある、無知としか言いようがない者も私には理解できない。私が学生の頃も無知な者や悪ガキがいたけれども、老婦人をリンチのごとく虐殺するようなマネはしなかった。お年寄りに対して、敬意と労る心があったと思う。
 トクリュウ関連の事件で高校生4人が強盗殺人罪?で逮捕された。指示役から家族の命をと脅されたとはいえ、虐殺は私の理解を超えている。老婦人は命を失い、高校生は青春を失った(シャバに出る頃には中高年に)。残ったのは、加害者の十字架を背負った人生と加害者・被害者両家族の悲嘆だけ。
  問題なのは、これが極めて特殊な事件ではないということ。民家に侵入しいきなり人を壊すのも、白昼宝石店や時計店に乗り込みいきなり陳列ガラスケースをぶっ壊すのも同じ。しかも平然と。少なくない若者たちが、手っ取り早くお金を得られると応募し、家族を殺すと脅されたら、指示通り蛮行に走る。若者に何が起きているのか。ゲームの世界と混同しているのか。それとも、親子関係の問題なのか(親よりもAIと話をするのか)、学校教育の問題なのか、私にはそれを解明する力がない。だから若者は上も下も退化しているとしか言えない。
 76歳になる私がDYと言っても、若者たちは、長い文章の本ブログなど読まないし、読んだところで、『出た!「今どきの若い者は・・」』と老人の常套句と無視されるのがオチか。
 もっとも、大の大人も退化している。自治体の首長のセクハラ辞任が目立つ。昔は事の是非は別にして妾を囲うのが甲斐性とも言われたが、セクハラで嫌われるとはやることが余りにもせこい。
 自称助平な私でも銀行員から今でいう公益社団職員に転身したとき事務局の長として姿勢を正したものだが。

 日本人全体が退化しているということか。魚と一緒で、政界、芸能界も頭から腐るのか。

 政治的民度もさらに低くなっているところに自民党が選挙権を20歳から18歳に引き下げた。政治的弱者は与党に洗脳されて行くこと知っているからか。さらに高校教育に「投資」を組み入れ、豊かな生活を国に求めるのではなく、自身でリスクをとり掴めと言わんばかりに。ますます若者の政治的愚民化を図ると言えば、穿ち過ぎと言われるか。
 私は、逆に選挙権、被選挙権の年齢を引き上げることを提案したい。
 選挙権は現在男女とも18歳以上に与えられている。世界的な潮流とはいえ、政治的民度が高い国は良いが、政治的民度が低い日本は適していないのでは。
  1890年(明治23年)年7月1日火曜日に第1回衆議院議員選挙が行われた。選挙権は直接国税を15円以上納税した25歳以上の男子に限られていた。

 当時の平均寿命は、1891年~1898年の統計開始当初で言えば男性42.80歳。2024年の平均寿命は男子81.09歳。当時の25歳を現在に換算すると、25歳÷42.80×81.09=47.36歳。不惑の歳を超える。
 当時は大卒はほとんどいないから25歳では社会人になってから10年前後経過している人が多かったのではないか。それならば世の中の仕組みや常識も理解していたことだろう。
 今は大卒が増えている。18歳ではなく25歳で良いのではないか。少しは社会人として経験を積むことが必要だと思うのだが。
 被選挙権年齢は、日経新聞によれば、衆院議員が25歳、参院議員が30歳に定められている。現行憲法下の1947年以降変わっていない。米国の下院25歳、上院30歳のを真似たのではと言われている。
 政治家は大学生等の就活の対象とすべきものではない。政治家のあるべき姿のモデルは、故田中角栄。貧しさの中から身を起こし企業家として成功した後同じ貧しい人達を救うべく政治家となる。
 衆院の被選挙権が25歳と言うのは、若すぎる。大学では教授に仕える助手に過ぎない。官僚は課長補佐に仕える平職員の段階。検察では一級検事に対する駆け出し検事の段階。

 裁判官は若い裁判長もいるが浮世離れした判決としばしば批判されている。
 選挙で選ばれたからとして、そんな社会人なり立ての半人前の者に国会議員特権である①歳費特権(憲法第49条)②不逮捕特権(憲法第50条)③免責特権(憲法第51条)を与えるべきではない。
 被選挙権は衆院、参院とも35歳からとすべきだ。25歳では地盤・看板・カバンを親から受け継ぐ世襲議員が有利になるだけ。
 育児休暇を求める者は国会議員になるには早すぎる。政治家の本分は、私生活を確立した上で国、国民の為に全身全霊奉仕することにある(国会議員特権はその為にある)。

 フィンランドの若き女性首相は首相の立場でありながら私生活の充実も求めて失脚した。そして9年連続「世界一幸せな国」の看板に傷をつけた。
 政治家は40年間(35歳~75歳の誕生日)でよい。後期高齢者になれば自動的に国会議員を失職させる。80歳を超えた長老議員に対し猫の首に鈴をつけるようなことは難しい。

(次回246号は6/1アップ予定)