2025.11 臨時号NO.235 ろう VS ろう
 歌舞伎を題材にした映画『国宝』が空前のヒットとなった。来年3月開催の2026年度日本アカデミー賞においては、誰に聞いても一番手に『国宝』を挙げるのではないか。最優秀主演男優賞は吉沢亮氏で最優秀助演男優賞は横浜流星氏(前年度『正体』にて最優秀主演男優賞受賞)で決まりと思う人も多いのではないか。
 歌舞伎役者が子供の頃からの厳しい修行を経て会得した所作を俳優が2年足らずで習得するのは並大抵の努力では成しえないが、それに立ち向かう執念みたいなものを映画の中で感じ取った。
 白塗りの女形姿の役に二人が選ばれたのは、どちらもイケメンで似合っているからであろう。が、より彫が深い顔立ちの横浜氏より吉沢氏の方が女形に向いているとは思った。
 私は銀行の支店長をしているとき白塗りになったことがある。銀行の周年記念運動会で地区の支店長と一緒にタカラジェンヌの仮装をしたが、白塗りにすれば誰でもそれなりになると思っていたが、そうでないことを理解した。土台が良くなくては様にならない。
 血筋が何よりもモノを言う歌舞伎界で、横浜氏扮する俊介は門閥の御曹司でありながら父親から後継者とみなされないと苦悩する。吉沢氏が演じる喜久雄は悪魔に魂を売ってまで芸に精進するも血筋がなく後ろ盾が無くなれば役が廻ってこないことに懊悩する。兄弟のごとく育ってきた二人が互いに嫉妬し葛藤していく。
 歌舞伎界では、親子が師匠と弟子となり厳しい修行が行われる。それでも名跡にふさわしい芸に達しなければ親からも贔屓筋からも世襲が認められる訳ではない。
 歌舞伎界と比較される政界でこそ親から厳しい指導が必要であるが、選挙地元ではなく東京でボンボンと育ち、親から厳しくしつけられているとも見えない。子に厳しく躾する政治家もいようが、当たり前のことはメディアから流れてこないから、悪い見本しか我々庶民は知る由もない。
 人類は、「種」の存続において、1000歳の天才アインシュタインを、彼の一族に託すことを、望まない。「天才は天才を生まない」ようになっているとしか。「鳶が鷹を生む」(凡才から秀才が。なお、我ら凡才から天才は生まれない。生まれたらそれは突然変異)という諺があっても「鷹が鳶を生む」が諺にないのはそれが当たり前だから。(故水谷八重子の娘

好重・2代目八重子さんの好例はあるも)世紀の美人女優の、故原節子、若尾文子さん、吉永小百合さんに娘さんがいないことに残念がる声が上がらないのは、天才から天才は生まれないことを我々は理解しているからではないか。
 天才大谷翔平選手に娘さんが誕生した。夫妻は男の子も望んでいることだろう。しかし、生まれてくる男の子は大変だ。天才故長嶋茂雄の長男一茂氏は、絶えず父親と比較され、また子供の頃から父に群がる大人のいやらしさを見せつけられ(子供心に人間不信が芽生えるか)、TVでのキャラと違い私生活では苦悩し続けた人生とお見受するが。
 天才が天才を生まないとしたら、政治家の世襲により才能の減化(減価率20%と想定)をみると、初代→2代(1×0.8)→3代(0.8×0.8=0.64)→4代(0.64×0.8=0.512)。初代の政治家が有能だとしても4代目の曾孫の代で能力は半減してしまう。
 現実の世界はこんな単純な話ではないが、政治家の4代目をみていると案外そんなものかと思ってしまう。

 世襲は人類の「種」存続の摂理に反するものと言え、日本の進むべき道を導く首相が世襲という狭い枠の中から選ばれることは避けなければならない(鰻やすっぽんの名店の一子相伝とは訳が違う)。
 ドイツ移民三世のトランプ大統領を反面教師とするなら、日本の政治家に求められる資質は一に知性、二に教養(歴史観)、三に公共性(倫理観、私欲の抑制)、四に人望。とくにトップの首相となれば、知性と教養は欠かせない。
 今回の自民党総裁選にて、決戦投票に高市氏と小泉氏とが進出した。大方の予想どおり「(心配で)総理・総裁になっては困る人」同士の競いであり、世襲VS非世襲の争いでもある。そして前評判は進次郎優位であった。その時『自民党の大罪』(祥伝社新書)の中で著者の適菜収氏が小泉進次郎氏のことを「政治資金も下半身も管理できない男が『将来の総理候補』って悪い冗談である」と書いていたことを思い出した。冗談で済まなくなった(総理になったとき適菜氏はどんなコメントをするのかと頭によぎった)。
 民間のオーナー系でない大企業ではこんなことは起きない。私には“永田町村”の住民が大半賢い人達と思うだけに理解できない。過去私が賢者と思しき総理候補として挙げていた、上川陽子氏が指示に従い?進次郎氏支持を表明し、齋藤健氏が進次郎氏を神輿に担いだことに、失望した。
 進次郎氏が優位と予想したオールドメディアや政治評論家も、ステマ問題もスルーし歓迎している風であり(私は違和感を感じていた)、だからこそ読み間違えたのではないか。
 しかし、世襲議員の進次郎氏は敗北した。勝者はだれか。世襲議員のドン・麻生自民党最高顧問(現副総裁)。
 麻生氏の今総裁選の目的は、福岡権力闘争の仇敵古賀誠元宏池会会長をバックとする林芳正政権誕生を阻止することだと思う(林政権が誕生すれば、公認を与えられず地盤を長男に世襲することをつぶされると危惧したか)。

 進次郎氏を麻生氏が推していると見えたのは、進次郎氏を評価しているのではなく、進次郎氏が辞退するなり支持が減るなりして林氏が2位となり決戦投票に進出することを阻止する為ではないか(実際古賀氏が進次郎氏の後見人菅義偉元首相に辞退を働きかけたが断られたという)。
 1回目の投票で麻生氏の真の目的は達成された。そして、

林候補以外の候補に、推薦人、1回目投票をばらまき恩を売ったことが決勝投票に生きてくる。また、決戦投票前に高市支持を指示するのに党員・党友票の一番多かった候補へと言ったのは上手かった。
 党員・党友票の内訳は保守・高市氏25万931票、穏健保守の進次郎氏17万9130票、同林氏13万888票、穏健保守の合計は31万18票で保守高市氏の票を上回っている。が、穏健保守の間で票の奪いしていたら、高市氏が一番となってしまう。

 本ブログ前号で私は自身の利害で総裁選を考える麻生氏を「老害」扱いしたが、手練手管を弄し、キングメーカーに返り咲いた、その「老獪」さは、見事と言う他はない(キングメーカーとしての我が世の春をもう少し謳歌すべく長男への世襲は先延ばしか)。

 ただ、自民党、ひいては国民にとって麻生氏が有益かどうかは怪しい。26年間“雪駄の雪”と揶揄されても夫婦関係(連立)を維持してきた公明党は政治とカネの問題では関係ないのに自民党に連座しクリーンな政党とのイメージを損ない国民の支持を減らした。もう離婚するか思案していたところ、(公明党を毛嫌いする)麻生副総裁ー(彼女は困ると自民党に伝えていた)高市総裁体制が誕生したことにより、吹っ切れたか。

 親からの指示もあり、国交大臣ポストも捨てる、割の合わない選挙協力もしないと、熟年離婚を妻から申し出た。

 本当の熟年離婚夫婦は「夫が未練タラタラ、妻が吹っ切れサバサバ」の関係が少なくない。

 自民党としては、冷静になれば、公明党の選挙協力なしでは落選する議員が多く出ると理解する。復縁は無理にしても選挙協力だけは何とかと頭を下げるところではあるが。
 高市総理実現のため(全国区でなく選挙協力が期待しえない。いずれ使い捨て?の)維新と組むという。そして維新が求める「議員定員削減」は衆院比例代表で行うのか。

 また神経を逆なでされた(比例代表主体の)公明党は、離縁しても選挙協力はしないだけで邪魔はするまいと思っていたが、来る衆院選では自民党候補の対抗馬に選挙協力するかもしれない。自民党候補ボギー、対抗馬パーが、自民党候補ボギー、対抗馬バーディとさらに差が開く恐れがある。

 一方、立憲民主党から担がれそうになった国民民主党の玉木雄一郎党首は、記者等から問われる毎に冒頭「私には総理になる覚悟はある」と言わずもがなのことを言っていた。

 I am prepared to become Prime Minister,but・・・なのだ。

 維新に恨み節だが、自身が一番大事なナルシストに見える玉木氏は、目立つことはウエルカムも、自民とは支持母体・連合との関係があり、野党との数合わせの野合政権では祭り上げられていつ梯子を外されるかもと、前々から現状では総理になれそうもないと自身が置かれた立場をよく理解していたと思う。未熟さを直視せず誤魔化すばかりで、ホイホイと神輿に乗っかると見える進次郎氏とは出来が違う。

 進次郎氏を担ぐ有力議員達は、高市氏を選択しないことはいいとしても、進次郎氏のことを、国のことを、真摯に考えているのか。冷や飯を喰いながらよく自省してもらいたい。

 あるいは、進次郎氏と接点のない私が誤解しているなら、担ぐ政治家は進次郎氏が人気だけではなくなぜ国のトップとしてふさわしいか国民にもっと説明すべきではなかろうか。

 

 維新の協力(当面閣外協力)を得て、高市総理が誕生し、高市政権が発足しても、麻生氏の傀儡政権になる恐れがある。

 ミスタ―財務相(第17代~第20代)の麻生副総裁とその義弟で幹事長鈴木俊一元財務相(第21代、第22代)の下で、果たして望む積極財政ができるのか。防衛力強化も思うようにできるのか。随分前だが私が社団に居た頃に知る高市氏は今とは違っていたと思う。師匠と仰ぐ安倍首相のマネをしているとしか私には思えない。タカ派等の支持を得るために。

 アベノミクスのようなことを目指しても8年に亘る安倍首相-黒田日銀総裁体制にて国家財政を大幅悪化させた後では。

 思うようにいかず、あげく「総裁選において私は穏健保守と言っていた」と逃げるなら、保守派は離れていくだろう。

 さらに、政治とカネの問題も手がつけられないなら、保守派だけではなく、人心が離れていく(維新が一番厳しい「禁止」を掲げていた「企業・団体献金の禁止」を公明党を含め野党が結集すれば実現するのに、自民と組むとなると、組む絶対条件を「議員定数の削減」に変えた、節操なき維新も)。

 初の女性総理誕生を謳い文句による早期の衆院解散・総選挙もできなくなった。一小選挙区あたり2万票前後あると言われる公明党の選挙協力で当選した自民党議員は真っ青だろう。高市政権も短命に終わるかも。

 

 国民の民意の縮図と言える党員・党友の声を反映して石破総理総裁が誕生し案の定1年という短命に終わった。それに懲りず党員・党友の声を聞いて高市総裁を誕生させた。

 党員・党友の希望を優先するなら、党員・党友による直接選挙をすればいいだけのことだ。

 内閣総理大臣は(通常自民党総裁が総理になるが)国会議員の中から国会議員が選ぶ「間接選挙」(国民から信託された国会議員が総理を選ぶ。その総理を評価し支持するかは総選挙で意思表示する。主権者たる国民の正式な民意として)。

 民主主義(多数決)は民度が一定を前提としている。だが、現実には民度の高い層<民度の低い層。矛盾がある上にしかも米国や韓国に較べ私も含め政治的民度が低い(家族で政治談義に花を咲かせる家庭がどれだけいるか)日本は、直接選挙はすべきではない。 

 派閥を悪として廃止してしまうと、「自身の政治家としての将来ではなく、国の将来を考えて選ぶべし」と指示する真面な領袖もいなくなる。国会議員が国民の人気評に迎合するなら所詮国民の縮図に過ぎない。間接選挙の意味がなくなる。

 間接選挙が正常に機能しているなら、今回の決選投票が高市氏vs小泉氏になることはないと思う。
 党員・党友の総裁選の参画のあり方は見直した方がよい。 

 

 また、世襲議員の問題においては、親の躾姿勢、地元後援会の応援姿勢(既得権が確保出来れば世襲議員の資質は問わない)を鑑みれば、議員の世襲が悪とは決めつけられないとしても(世襲議員に限らないが)政治家に足らない議員候補を排除する手立てが必要では。
 国家権力側にある国家官僚、裁判官・検事も国家公務員試験や司法試験の国家資格を有している。政治家も、国家公務員であるが、選挙民の審判の受けるからか国家資格を免除された状態。
 参議院議員はともかく、代議士と呼ばれる衆議院議員には国家資格の代議士試験(国家公務員試験、司法試験及びそれに準ずる国家資格者はペーパーテスト免除)を設けては。一つの方策ではないか。
 (次回236号は11/10アップ予定)