2018.6臨時号NO.96 イエローカード VS イエローバード
山口達也氏騒動でデヴィ夫人が、ブログで「たかがキスで」と発言した。世の流れに掉さす人が多い中で、流れを堰き止める勇気と強さに触発された。私も思うことを書いておこうと思った。
5/1の不起訴報道を受け、TOKIOの山口氏を除く4人が会見した。私は次のような会見があるかと思っていた。「山口はアル中でした。しかし、それを言い訳にできないことをやらかしました。ですが、私たちにとってかけがえない仲間です。本人も猛省しています。甘いと言われるかもしれませんが、もう一度彼にチャンスをください。お願いします」
実際は、「我々に報告しなかったのは許しがたい」「自分のことよりも被害者のことを」などうらみつらみを言っていたので、山口氏を除籍させるつもりの会見だと思ったが、それはまだ決まっていないという。自分達は苦悩しているという。何の為の会見なのか。
会見を見た人は、山口氏以外の4人は歳相応の分別があり、発言も大人としてしっかりしていると思ったことだろう。それが狙いだったのか。当の山口氏はその会見を見ていたら、いたたまれなくなったことだろう。5/6事務所に山口氏は辞任を申し入れた。そして、受理された。今度は会見時とは打って変わって(私に言わせれば)空虚なコメントが4人連名で出されただけだ。
被害者本人及び家族は、示談に応じ、被害届を取り下げ、「誰一人の人生の未来もこの事件によって奪われてほしくない」との旨を寄せていた。今回の契約解除が、山口氏以外の4人が言っていた被害者のことを一番考えていることになるのか。家族の願いは世間が早くこの件を忘れてくれることだったハズだが(分かっていながら今書いている私も愚かだが)。女子高生本人も山口氏の事務所との契約解除に自身を責めることにならなければよいが。
ブログ前号NO.95(ゴロフキン VS ボロフキン)で支店長に無理やりキスされた女子行員を知っていると書いたが、それは私の妻の事。結婚する前だがら、40年弱前の出来事。結婚を前提に付き合い始めた頃、妻の実家にタクシーで送り届けたときタクシーから降り際に突然妻が「変なことをするんでしょ!?」と言った。「何を言いだすのか」と不審に思い、妻に聞くと、支店長にキスされたとのことであった。宴席などがあると次長が支店長の横にすわる様仕向けたと言うから、単なるセクハラではなくパワハラによるセクハラ(セクパワ)にあたる。妻は私に告白したのはキス程度で終わっていたからだろう。仮にレイプだったとしたら訴えるか、あるいは訴えないなら結婚相手の私にも告白などしないだろう。私も、元上司のその支店長に対して「元々徳がない人だと思っていたが、やっぱりな」と思うだけで、「断じて許せない。が、怖くて訴えられない」などとは全然考えにも上らなかった。その支店長は、私らの想いも知らず、結婚式で妻側の主賓として祝辞を述べてくれた(#Me Too運動に乗っかっている訳ではない。デヴィ夫人の見解も一理あると言いたいだけ)。
それから時代が進み、セクハラに対する取り組みが進化しているのは認めるが、何でもかんでもレットカードにする風潮は、いかがなものか、行き過ぎではと思っている。
厳格な法の世界でも、例えば覚醒剤の件でも、一回でも使用すれば罪は罪だが、初犯では執行猶予がつく。いわばイエローカードだ(再犯率が高いのは分かっていながら一度は人の良心を信じようと司法といえども血が通っているように私には感じる)。再犯すればほぼ問答無用で刑務所に入れさせられる。
私は、ファンでもなんでもないが、今回の山口氏の件はイエローカードでよいと思っている。警察もそう判断し起訴猶予としたと思う。それなら、山口氏が心から反省し、もう一度だけチャンスが与えられ、5人でのTOKIOで演奏した音楽が愛の鳥イエローバードとなってファンの心に届ことくになることを期待していたのだが。
TVワイドナショーで、松本人志氏が、女子高生(JK)のハニートラップでは?などネット上での中傷に対して、男気を出して反論したのは好感を持った。だが、「高校生になんで電話(番号を)聞くのか」と言ったのは、どうなのか。素面の時に電話番号を聞いたからといってわいせつ目的とは限らない。たしかに、毎週のように映画館に足を延すジジイの私は、恋だの青春だのというJK対象の映画は見ない。だが見たいオジサンがいてもよいではないか。常識から外れたら変な奴だと疎外すべきではない。松本氏でさえ漫才界の常識から外れていたから人気者になったのではないか。ロリコンと言う言葉もある。聖職者でもなければJKにあらぬ妄想をしてもよいではないか。妄想が罪なら男性ホルモンに支配される男達はみな罪人になる。妄想を本当に実行してしまえば罪となるが、その一線を越えさせたのは山口氏の場合はお酒。それを言い訳にしてもいけないが、酌量の余地もあっていい。
洋の東西を問わず、宗教は、人は愚かで過ちを犯すとの前提に立ち、「罪を憎んで人を憎まず」と教える。不寛容はアカンヨウと諫める。
今は、罪を憎んで、人も憎む、になっていないか。そんな風潮を警察が先導していないか。警察は、暴力団を憲法で結社の自由が保障されていると結社を許し、その一方で暴力団排除条例にて暴力団員の憲法で守られるいるハズの基本的人権を否定する。付き合う者も罰せられる。本当になくしたいなら暴力団の結社を禁止させればよいだけ。庶民に人を憎ませるようなことをさせる必要はなくなる。大いなる矛盾、欺瞞だ。
弱い立場の我らは、相手が芸能人だからといえ、関係ない者たちが池に落ち溺れかけている人に石を投げるようなことはすべきではない。弱い立場だからこそ、薬を使用した?レイプ事件(準強姦罪としては不起訴)の被害者伊藤詩織さんが容疑者の逮捕を不当に回避させたとして警察権力と闘っているのに対して支援の声をもっと上げるべきなのではないか。
私の頭の中でビリー・ジョエルさんの代表曲『オネスティ』(誠実)が鳴り響いている。
Honesty is such a lonely word
Everyone is so untrue
Honesty is hardly ever heard
And mostly what I need from you