2015.9 NO.51 けんかんろん VS ちんかんろん
北朝鮮のかくへいき(核兵器)に、かくせいき(拡声器)で対抗する韓国。
『悪韓論』(室谷克実氏)は日本人が書いた嫌韓論。『韓国人による沈韓論』はベストセラーになった『韓国人による恥韓論』に続いて韓国の一市民が上梓した韓国の「自嘲・自責」。
親日的な言動をすれば血祭りにされそうな今の韓国社会にあって、その勇気と教養の高さには、戯言しか書けない私にとっては敬服に値する。
著者のシンシアリーは匿名だが、日本で日本語で出版してもベストセラーを韓国諜報員が見ていないハズはない。沈韓論の著者プロフィールだけでも、1970年台生まれ、歯科医、何度も日本へ出国と的を絞ることができる。韓国当局は本人を既に特定していると思う。今もブログ(「シンシアリーのブログ」)を続けているのであれば、韓国外向けならばいいのか。それとも、怒れる日本国民のガス抜きになればと見ているのであろうか。
余談だが、私の本ブログも名前を公表していないが、私自身匿名だとは思っていない。神戸高校21回生と名乗っており、生年月日もブログの中で特定できる。調べればすぐに誰だか分かる(それだけの値打ちがあるかだけの問題)。ネットの怖さについては少しは知っているつもりだ。年明け『ネットVSシット』で身近に起こった悲劇を紹介したいと思う。
それはさておき、日韓双方の韓国論を読み私が思う韓国の大きな問題点の一つは下記の点だ。
中国から伝来した朱子学の影響か、汗水たらすことを嫌い、物づくりを見下し、昔の両班になりたがる。それが高学歴社会を生み出すのか。白鳥になりたがるが、白鳥の水面下の足の動きは見ようとしない。来月またノーベル賞の発表があるが、韓国は受賞を悲願と言うが、そのための地道な基礎研究はやろうとしているとは思えない。
子供が「夏は暑い。冬は寒い。春秋は気候が良すぎる。家庭教師をつけてくれない、隣の家がうるさい。だから勉強できない」と言ったとすると、私なら甘ったれたこと言うな!と張り倒す。バカ親は、隣の家に文句を言いに行く。隣の住人は「うるさくしていない。かえって気を遣っている」と反論する。バカ親は「申し訳ないけど謝ってくれないか。それで本人は納得して勉強してくれる」と言い、隣人は応諾した。それで済んだハズなのに、後で受験に失敗したのは謝った隣人のせいだと親子一緒になってわめき立てる。慰安婦問題における河野談話の顛末もこれと同じ構図だ。
日本の国益を大きく損なうとともに韓国にとっても為にならない。
韓国の歴史を見ると、ずっと隣国に支配されている。地勢的には中国大陸の盲腸みたいものだが、中国に同化せず、朝鮮民族としての誇りと独立心を持つも、大国に属国を強制され、朝貢を続けてきた歴史を見れば、シンシアリーさんが述べているように被害妄想に韓国人がなってもおかしくはない。また、長らくの中国支配は北朝鮮の問題とばかりに知らんぷりし、韓国は、小中華思想に戻り(9/3中国・抗日戦勝記念行事に朴大統領と藩国連事務総長が出席予定)日本をののしるのは、屈折しているとも言える。
島国日本は恵まれている。蒙古襲来のときには神風が吹き、第二次世界大戦で連合国に敗れたが、占領したのは米国だった。当時父は神戸で母の住む家の二階に下宿していた。近くに米軍キャンプがあり、敗戦が決まると、私の祖父は、慌てて二十歳になったばかりの母を二階に住む父に嫁がせそのまま所帯を持たせた。その1年後に兄が生まれ、その4年後に私が生を受けた。パンパンと呼ばれた女性たちに盾になっていただいた面もあるが、米国でまだ助かった。占領したのがソ連や中国であれば、黄文雄氏は『日本人はなぜ世界から尊敬され続けるのか』(2011年5月発刊)を書く気が起こらなかったことだろう。
私など足元にも及ばないほど辛口の高山正之氏は週刊新潮の連載『変見自在』(2015.8.13・20号)で沖縄は朝鮮に似ているとし、『韓国人翁長』と題し沖縄県知事を皮肉っている。去年の同コラム(2014.10.23号)では、『嫌蘭論』と題してオランダ人の狼藉ぶりを披露し、オランダ人の祖は韓国人だと聞いても驚かないと結んでいる。
諸悪の根源と言わんばかりだが、遠いオランダはまだしも、韓国とは昔は陸続き、DNAも一番似ているだろう。いわば遠い親戚なのだから、関わりを持ち続けざるをえない。
しかし、シンシアリーさんは、沈韓論のP130にて話しても無駄だと断じている。反日ありきで、歴史的事実も証拠も関係ない。反日教となれば恋愛と一緒で反対すればするほど燃え上がる。とすれば、どうすればよいのか。
私は長男をよく叩いた、小学校の低学年までは。話しても分からないから痛さと怖さで止めさせた。遅くとも中学生にあがってからは長男に手をあげたことは一度もない。
反日プロパガンダには看過せず適切に対応し、金融・経済面にて痛みを感じさせるしかないのではないか。
社会のものさしは、韓国では「上下」 (中国は「貴賤」、日本はさしずめ「和」か?)と言われる。下手(したて)に出ても何もいいことはない。私の身近な体験においても(妻が読むかもしれないので子細は書けないが)そう思う。
お人よしの日本はすぐに甘い顔を見せるが、兄弟の関係よりも距離のある、厳しくて怖い“伯父”の姿勢を貫き続けることが、日本の国益にも韓国の為にもなるのではないか。たとえ反発されたとしても。