妹の綵には、幽霊が見えるらしい。
生まれてからではなく、『ある出来事』がきっかけになり、それ以来この世の者ではない者達、『幽霊』が見えるようになった。
私は怖い、もしかしたら綵が遠くに行ってしまうんじゃないかと、毎日恐れていたりする。だから、綵が家に居る時は、忠実に様子を見に行ってる。
ある日、綵は守護霊が出来たと私に話してくれた。どうやら高校の校庭にあった桜に取り憑いてたとか憑いてないとか綵から説明があって、まさかの幽霊と挨拶まで交わしてしまった。
弟が出来て嬉しいとは言ったけど、それは建て前であり、いくら害は無いからと言っても幽霊だ、何かしら綵に影響があるに違いない…。
実は、新学期を迎えた初日に、あの桜について調べまくった。
ネットはもちろん、友人、更には担任である山川氏にも聞き込みをした。
その結果、あの噂はガセだと判明したから、安心していたけど、やはり『見えてしまう』綵に、何を言っても無駄なのは変わらない。どうか、悪霊じゃありませんように…と、祈ることしか出来なかった。
何故、優ちゃんは私にも姿を見せてくれなかったのか…。もし見せてくれていたなら、今頃私も綵のように見えて、イケメン幽霊とハスハ…、オホンッ!!綵一人危険に晒すようなこともなかったはずだ。
優ちゃんよ…何故だ…。
あれから私は独学で、幽霊を見る方法を研究した。
人間には第六感と言うのがあり、それが危険や、災いを関知する役割がある。その第六感は、生まれたての時にはあるが、徐々に失われてしまうことも知った。
私の第六感は、迷子ということになる。
昔、ロバート・ジョンソンというブルースシンガーがいた。彼は、演奏が下手だったのに、ある日を境にギターが上手くなり、伝説になった。
彼は、クロスロードの悪魔と契約し、ギターのテクニックを得たのだ。
私もクロスロードに行って悪魔と契約し、幽霊が見えるようにしてもらおうか…いや、そもそもクロスロードって何処?渋谷のスクランブル交差点じゃ駄目?むしろ、悪魔が見える時点で幽霊だって見えるだろおいコラ。
…プリン食べたい。
いやいやいや、話が反れに反れたけど、私は綵みたいに幽霊が見えるようになりたかった。
第六感を鍛える方法は、ネットに載っていた。ちょっと胡散臭いやり方だが、今はこれしかないので、藁をすがる思いで試している。
「見えるかこんちくしょー!!」
夜、私は部屋で、例の霊が見えるようになる方法を試していた。この無意味のような作業を続けて早くも一週間が過ぎたが、幽霊の『ゆ』の字すら見えないでいる。
やり方が違うのか?そんなはずはない、暗記するくらい読み込んでやったんだ。もし違うならやり方自体が違うんだ、私が悪いんじゃない。
「くぅ姉さん、大丈夫?」
私が部屋で悶絶していたのを聞きつけたのか、綵が珍しく私の部屋を尋ねてきた。
「大丈夫だよー」
大丈夫…なのか?私、本当に大丈夫なの?
「入るよー」
と、扉を開けて入ってきた綵は、パジャマ姿でぬいぐるみを抱えていた。
「あっ、えっとー、ユウくんも居るのかなー?」
「うん、後ろに居るよ?」
「そ、そっかー」
複雑だ、まるで綵に彼氏が出来たみたいな、それくらい複雑な心境だ。私の妹を返せ!お前に妹はやらんぞ!
「くぅ姉さん、やっぱり気になる?夜くんのこと…」
「別にー?だって見えないし、綵を経由しないと話せないからねー。全然気にしてないよ?」
「ん、そっか」
そう言うと、綵は部屋から出て行った。
しかし、私はどうも嘘が下手らしい。綵のあの反応、絶対嘘を見抜いた発言だ…う~ん、私にも守護霊が居れば…。
「幽霊に嫉妬とかないわー」
本当、笑えない…。
「クー子、最近痩せた?いや、やつれた?」
「いやー?そんなことないよーあははー…」
クラスメイトであり、親友のなっちゃんこと『藤崎奈津子』は、私のメンタルを把握し過ぎている。だから、誰よりも何よりも早く、私の異変に気づくのだ。
「悩み事と見た!何?何の悩み?」
「なっちゃん、あんたは私のベストオブメンタリストだよ…」
「何その意味不明な称号。まぁ、別に良いけどさ、最近妙に元気だから気になったんだよね。クー子が空回りしてる時ってたくさんあるけど、最近それが神掛かってるからさ」
「そんな神様要らないわーっ!!」
「ね?どうしたの?」
私はあっちゃんに洗いざらい全て吐いた。
「綵ちゃんが霊感持ちになって、イケメン幽霊が守護霊に…ねぇ。それ、今時のB級アニメでも無い展開だよ?」
例えにアニメを持ってくるとは、さすがアニメオタク。
「で?クー子はどうしたい子?祓いたい子?」
「その『○○子』って止めて下さりやがりますか?」
私はどうしたいのだろう。やはり祓いたいのか…、それとも見えることが目的なのか…実はあやふやだったりする。
「二次元的に考えると、綵ちゃんが今置かれている状況って、実は美味しいんだけど、三次元的に考えると、やっぱり不味いんじゃないかなぁ?取り憑いた幽霊って、宿主の生気を吸うって言うしさ?ここはやっぱり綵ちゃんを説得して、お祓いするのがベストだと思うよ?」
この子は本当に優しくて、思いやりのある子なんだけど、人の話を真面目に聞いてるのか疑問になるが、言い方はどうであれ、的を得た答えは返してくれる。
やっぱり、綵を説得して、お祓いするのが一番かな…?
「でー?クー子はその幽霊に妬いてるんだねー?可愛い妹を取られたんだもんねー?」
「そうなのー、私の可愛い妹が、どこぞの馬の骨かもわからない、しかも幽霊に奪われるなんてーってコラ」
冗談半分、本気半分の突っ込みを入れたが、本当に祓うことが正解なのかもわからない。やはり、自分で答えを見つけないといけないんだ。自分が納得の出来る理由を見つけないと駄目なんだ。
ユウくんと二人きりで話をしたいが、それは無理だし、かと言って、綵を経由するのも嫌だ。やっぱり、私が第六感を身につけないと話が進まないんだ。
帰宅したら、また特訓だ。もっと練習すれば、きっと見えるようになるはずだ。気合い入れろ、空子!!
学校に居る時間全てを使い特訓に励んだ結果、私は学習という学生本来の仕事を放棄し、今目の前にある宿題が、意味不明な単語を連ねている。因果応報…?どんな因果だこれ。
「ヤバい、ヤバ過ぎる…。もうこれは明日、あっちゃんに見せて貰うパターンに切り替えよう」
放置、いや放棄だ。でもこれも愛する妹を魔の手から救うためだ、そのための代価が学ならば、私は喜んで払おう。
「錬金術の基本は、等価交換だしね!」
で、私は錬金術を学んでいるわけでもなく、本当に合っているのかわからない幽霊が見える方法に全力を尽くしている。先の見えない不毛な努力だな。
「不毛かどうか、やってみなきゃわからない!よし、ちょっと試してみるかっ!」
私は綵の部屋に行った。扉をノックして、返事を待たずに入る。
そして、努力の結果が…。
「どしたの?くぅ姉さん」
「見えない…」
「ん?何が?」
「いや、何でもないよー」
綵の部屋から出た瞬間に膝から崩れ落ちた、私の努力は無駄だったのか…。
しかし、ここで諦めたら、せっかく支払った代価が勿体ない。むしろ返せよ、私の学習時間を返せ!
インチキ商法に引っかかった昼下がりの奥様の、一瞬『ソレ』を垣間見てしまった…。
「部屋に戻って漫画でも見るかなー…」
立ち上がったその時だ。
何かが一瞬、階段を上がり、綵の部屋に吸い込まれて行くのが…見えた。
実体こそまだ見えないにしろ、何かぼやけるものだった。それは、絶対に、綵に憑いている霊『夜空』に違いない!!
「見えた、私の努力は無駄じゃなかった…」
多少なり成果はあったんだ、諦めるのはまだ早いぞ、空子!!
「よし、また部屋で特訓だ!!」
部屋に戻った私は、今日の出来事を思い浮かべてみた。何か大切なことを忘れている気がしたのだ。
何かやらなければならないことがあったような気がする、宿題の件はあっちゃんに連絡しといたから大丈夫だし、他に重要なことなんて無いと思うんだけど、それがわからない。
考えてみると、今日という日を全て、得体の知れない特訓に費やしている。成果はまぁまぁと言った所だろう。だけど、見えるようになるまでこの生活を続けるわけにはいかない。私は学生だ、カテゴリーとしては一般人で、念じるだけでスプーンが曲がるような、ビックリ人間じゃない。
そもそも、霊が見えるようになってどうする?ゴーストバターズにでもなるつもりか?
そうだ、思い出した。私は綵に取り憑いた霊『夜空』を、どうしたいのか考えなければならないんだ。しかし、この問題には一つ難点がある。私自身、霊が見えないこと、そして、綵がどうしたいのか、だ。あ、二つだった。
綵はあまり感情を表に出さないタイプだ、さも「私は綵の姉だから、考えてることはわかる」ような仕草をしているけど、実は全然そんなことはなかった。
私は、綵がわからない。
大好きな妹、大切な妹、愛してる妹、それだけなんだ。
過剰な愛情は、本人からしたら迷惑だとも理解してる。私は『何でも知ってるくぅ姉さん』を演じているだけで、本当は何も知らない。
気づくと時計は深夜零時を回っていた、別に珍しい事じゃない、いつもこれくらいの時間まで起きてるんだから。
「もう、寝ちゃおうかな」
私はベッドに潜り込み目を瞑った。答えの出ない答えを探すには、まだまだ時間が必要だから。
「いやー、助かったよあっちゃん!このご恩は墓場まで持っていきやす」
「いや、墓場に持って行く前に返すとかしようよ」
あっちゃんのおかげで、私は宿題を何とか終わらせる事が出来た。
「で?答えは出たの?」
「いやぁ、サッパリ!」
結局私は、あのまま眠ってしまい、セットしなければならない目覚ましをセットするのを忘れ、綵にお越しれたのである。
「クー子さ、思うんだけど、クー子みたいな猪突猛進元気全開娘は、悩んでもしょうがないと思うんだよ、設定的に」
「その『設定』って何だコラ」
「クー子はさ、当たって粉砕くらいの方が、丁度良いんじゃないかな?」
「壊れる所か、跡形も無くなってるじゃん…」
「じゃあ、それともヤンデレルートに移行しますか!」
「あっちゃん、意味不明な回答過ぎて、私には理解しがたいのですが…」
「ちゃんと、綵ちゃんと向き合って、解決するのが一番なんじゃないかな?それでもダメならコーラ○ク!」
「うん、なんか最後のオチが分かりづらいけどありがとう」
「明日だって」
「何が?」
「一本桜が切り倒される日」
放課後、やっぱり綵の耳にも入っていたらしく、綵は一本桜の前に居た。
「あーたん、ここに居たんだ」
「うん」
綵は桜を見たまま振り返らずに返事をした。綵の背中を見ればわかる、寂しいんだろう。
「ねぇ、くぅ姉さん…」
「な、何?」
「夜くんを、除霊したいの?」
単刀直入に、綵から切り出されてしまった。
「わからない、でも、このままじゃ駄目だと思うんだよ。霊は霊、帰る場所がある」
綵はやはり桜を見たまま、私に背を向けて話す。
「私もね、この数日、夜くんをどうするのが良いのか悩んでたんだ。くぅ姉さんもそうでしょ?私、知ってる。くぅ姉が毎日、霊を見えるようにするために何かしてるってこと」
「あちゃー、やっぱりバレてたか」
「だって、夜くんが来た日から、くぅ姉さん、私に対してよそよそしいんだもん」
「そんなことないよ!」っと、言えなかった。私は、綵を見る度に、すの後ろに居るであろう者が気になって仕方がなかった。
実際、少し避けていたのかも知れない。
だって、私には見えないから。綵がいくら「害はない」と言っても、私が信じられる根拠は、一つも無いのだから。自分の手足が写らなかった心霊写真を見て、「この心霊写真に害は無いから大丈夫」と言われて「はい、そうですか」とは言えないのと同じだ。
「私は、くぅ姉さん大好きだよ?夜くんだってそう言ってる」
「綵、私やっぱり受け入れられない。だって、見えないもん。見えないものを信じれる程、私は強くないんだよ…」
「うん」
綵は呟くと、振り返って私を見た。
「くぅ姉さん、今、夜くんが見える?」
「見えない」
私は綵を見ながら、ずっと霊が見える方法を試していた。でも、前に見たもやもやしたものすら見えない。
「だって、居ないもん」
「え?」
「今は居ない、でも呼べば直ぐに来るよ。くぅ姉さん、一つ提案があるの」
綵の瞳は、強い光が灯っている。
いつの間にこの子は、こんな表情が出来るようになったんだろ…。大人になったね、綵。
「これから夜くんに出てきてもらう。もし、くぅ姉さんに夜くんが見えなかったら、私は夜くんに、逝くべき場所へ帰ってもらう。夜くんが見えたら、このまま一緒に、三人で暮らす。嘘は通用しないよ?夜くんには全てわかっちゃうから」
あの弱虫で、泣き虫だった綵が、いつも私の後ろに隠れていた綵が、今、真っ正面から私に向き合っている。
(クー子はさ、当たって粉砕くらいの方が、丁度良いんじゃないかな?)
頭の中で、あっちゃんの言葉が響く。
今逃げたら、私は私じゃない。
「わかった、私も全力で向き合う」
先ず目を瞑る、次に深呼吸をして呼吸を整えて雑念を消す。それから、瞼の裏に長方形の窓を思い浮かべる、そして目を開くが、その時、窓は消さずにそのまま思い浮かべる。
「どう?くぅ姉さん」
「見え…ちゃった…」
目を開いたその先に居たのは、綵ではなく、綵が描いたイラスト通りの少年だった。
ー初めまして、くぅ姉さん…。
言葉にしているのではなく、直接頭の中に聞こえてくる。何とも不思議な感覚だ。
「何で見えるの…?今まで全く見えなかったのに…」
ー本当はね、見えるはずだったんだよ。僕は、くぅ姉さんと波長をずっと合わせていたんだ…。見えなかったのは、くぅ姉さん自身の問題。心のどこかで迷いがあったんだと思う。見えるはずがない、居るはずないって思いが、邪魔していたんだよ。
「くぅ姉さんは、今日、初めて私と真剣に向き合ってくれた。いつものおふざけじゃなく、真っ正面から。だから、雑念を捨てることが出来たんじゃないかな」
「そうだね、あはは…。私はずっと、綵から逃げてたのかもしれない。ごめんね…」
ー信じるってことは、難しいことだから、例え信じていたとしても、必ず信じられない部分ってあると思うんだ。でも、本当に、100%信じることが出来れば、人は何でも出来る。偉人達がそうだったようにね。
「ユウくん、新入り弟にしては、偉そうなこと言ってくれるじゃん…でも、そうなのかもね。あー、なんかスッキリしたな!これで、ユウくんを認めないわけにはいかないしね。でも、もしあーたんを苦しめることがあったら、私は迷わず除霊させる。それが条件!いい?異論は認めないよ!」
ーわかったよ、くぅ姉さん。
夜空は、ニコッと笑った。おぉ、爽やかスマイルじゃないかこのやろう。
「良かったね、夜くん」
ーうん、良かった。
「じゃ、新しい家族ってことで、やっぱりこれを言わなきゃいかんね。おかえり、ユウくん!」
ーただいま、くぅ姉さん。
綵はそのやり取りを笑顔で見ていた。
幽霊の弟か…、面白いじゃん!両方まとめて面倒見てやらぁ!!
「帰ろ?くぅ姉さん、夜くん」
「みんなで帰宅しますかー!」
ーうん、楽しそうだ。
私が開いた第六感の窓は、きっと、自分の心の窓だったんだね。
おしまい
