ことばの物語
<短ーみじかい・タン>
花の色は短くて 苦しきことのみ多かりき
『放浪記』の作者林芙美子の短詩ですが、よく引
き合いに出されるのが小野小町の歌で
花の色は移りにけりな
いたずらに我が身よにふる ながめせしまに
ともに、美しい花であればあるほど憐れであります。
落差が大きいんですね。
美形であればこそ<悲劇は増すのであります。
「美人薄命」とは、美しい時はわずかとも解されま
すね。
彫刻にしても絵画にしても、主役は若者であります。
老醜という言葉はあっても、若醜という言葉はあり
ません。
老いるとまず、皮膚がたるんでくるんです。(実感で
あります)
60,70歳でマッチョを誇る人がいますが、皮膚の
たるみはどうにもなりません。
筋肉は鍛えられても、老いると水分が減るんです。
ものの本によると、赤ちゃんは体重の約75%が水、
子どもは70%、成人は60%、老人は50%にな
るそうです。
これはどうにもなりません。
ひっぱると皮膚が伸びるんです。ああ哀しい。
人間五十年下天の内にをくらぶれば 夢まぼろしのご
とくなり
桶狭間の合戦に臨み、信長が舞う幸若舞の謡曲。
平均寿命男82.6歳、女85.99歳、50歳は今で
は早死にであります。
ともあれ、人生は長短よりも内容ですと。
ただ、「人生は退屈なもの」だから「色んなことを考え
た」というようなことをパスカルは言ってます。
そうです、色々と考えることが、よりよく生きることで
あります。
そうではないでしょうか。
第一の辞書
<「短」は、「矢=みじかい直線の意味」に「豆=たかつ
き」で、矢と高坏のように比較的みじかい寸法のもの合わ
せ、みじかいことを示した。>
第二の辞書
<「短」は、「矢=大工がしらの象形の変形」に「豆=
丈の低いたかつき」で、大工がしらのもとで働く丈の
みじかい年少者のさまから、みじかいの意味を表す>
へえ? なんとも、ユニークな解字ですね。
納得のいく解字が、白川静先生の『字解』にありました。
<「説文」に「長短する所あるときは、矢を以て正
と為す」とあり、矢によって長短の長さをはかるの
意味とする。豆は脚が高く頸の部分の短い食器であ
る。それで短は短い矢をいい、すべて
「みじかい、ひくい」の意味となり、また「とおる」
の意味となり、人の短所を「そしる」の意味にも用
いる。>
『説文』とは、『説文解字』のことで、今から二千ほ
ど前に許慎という人が、整理してまとめて、解説を施
した字書で、漢字の奥義書であります。
殆んどの字書がこれをもとに作られているとも言います。
許慎は序文で、
「文字は学問の基礎となるもので、ひいては王の政治
の出発点であり、前代の人が後世の人に教えを垂れ
た ものであって、 後世の人が昔を学ぶ拠り所となる
ものである。」
まさにその通りで、六十の手習いとして私、勉強中で
あります。
【成句】
短気は損気
短気は短命
身体に悪いですと。しかも、命が縮むんですよ。
短気は未練の元
短気を起こすと後悔するんですね。何であの時怒って
しまったんだろう。
短綆(たんこう)は以て深井(しんせい)を汲むべからず
綆はつるべなわ。縄が短いと、深いとこには届きま
せん。
学識の浅い者には深い道理を知ることができません
とですと。
短き物を端截(き)る
悪いことが起きて困っているのに、さらに悪いこと
が重なる。
<ペトラルカ『わが秘密』で、こういっています。
これほど短い人生なのに、何の必要があってそれ
ほど長い希望を織りあげたのか。
そして、ホラティウスの詩の一片を引用してい
ます。
人の世は短ければ、長い希望をいだくことなかれ
セネカは『人生の短さについて』で言いいます。
「われわれは短い人生を受けているのではなく、
われわれがそれを短くしているのである。」
長い希望は、逆に人生を短いと感じさせるものかも
しれませんね。>
今日一日 幸運でありますように
誤字脱字ご容赦ください。
2015.1掲載再考
