ことばの物語
故事のある言葉
仏教からの言葉
〖暴虎馮河〗
ぼうこひょうが
「暴虎」は虎に素手で立ち向かうような無謀なこと。
「馮河」は黄河を歩いて渡ろうとする無謀なこと。
つまり、無鉄砲なことのたとえであります。
(終戦まじかの日本の竹槍で銃を持った相手に立ち向かおう
とした、愚かな行為ですね。
愚かな精神性。哀れな民衆たち。
半分脅しで、ちんころ指導者に恫喝されて。)
<孔子の弟子で、身体は弱いが学徳に優れた顔淵
という者がいました。
孔子は彼に向って言います「我々の政治主張が用
いられるならそれを行い、用いられないなら一時自
己の主張をしまっておこう。こういうことを一緒にでき
るのはお前だけであろう」と。
その話を聞いていた直情径行の武闘派的な弟子の
子路は「では、先生が大軍を指揮する場合は誰と
一緒になさるんでしょうか」と反発して言います。
すると孔子は「その時は子路、お前と一緒だ」といい
次のことを付け足します。「暴虎馮河みたいな無茶な
ことをして、死んでも後悔しないような者と一緒に大
軍を指揮するのは御免だ。仕事に当たって慎重で油
断しないといった者と一緒にやりたいね」と、やんわり
と血気にはやる子路を諭しました。>
<仏教語>
〖宴〗エン
訓読みで「うたげ」ですが、これは仏教語で「エン」と
漢音のみの用い方をします。それは、「うたげ」は
酒宴、宴会、さかもりの意味になるので、意味が異な
る為であります。
この「宴」は「宴坐」の略で「安らかに坐禅をすること」
であります。つまり、厳しいと思える修行においても
それを苦とせず努めることであります。
仏教は「苦しみからの解脱を目指すもの」であります。
衆生をそれから救済するためには、まず自分が救われ
なくてはなりません。そしてそれが本根となって人をも
救えるものであるということであります。
スポーツ選手が競技の後に「楽しかった」とよく言いま
すね。それを見ていて応援する者も楽しくなるんですね。
能力の高い選手ほど、練習を楽しみ、監督がストップを
かけなければならないほどになるといいます。
「宴」に到るには、修行を好きになることですね。
好きこそものの上手なれで、好きなことは苦にならず
疲れもしませんね。
<漢字の勉強>
暴ーあばく・あばれる・ボウ・ハク
本字は「日=太陽」+「廾=両手の象形」+「出に米の
重なり=動物を裂いた形」で、動物の毛皮を裂き開い
て日にさらすさまから、かわかすの意味ですが、作業
の様子から転じて、あきらか、にわかの意味に転じた
ものであります。暴は曝(さらす)の原字であります。
※死骸が太陽にさらさらるところから「さらす」の意味
になり、さらけだすところから「あばく」の意味になり、
日にさらされて死骸がたちまち分解して、骨が表れ
るところから「たちまち、にわか、あらわれる」の意味
にも用いられるようになりました。
和訓の「あばれる」は「荒廃(あば)る=荒れ果てる」
が転じたもので、乱暴する意味となりました。
馮ーよる・たのむ・ヒョウ・ビョウ
「冫=こおり」に「馬」で、馬が氷がひび割れるように
速く走るの意味。
河ーかわ・ガ
「氵=水」に「可=かぎ型に曲がる」で、曲がって流れる
川で、中国では黄河のことを指します。
ちなみに、「江」は中国の「長江」を指します。
宴ーうたげ・やすらか・エン
「宀=家」に「妟=やすらか」で、屋内にあって、いこう、
やすらかの意味。
和訓の「うたげ」の語源は「打ち上げ(酒宴で手を打ち
鳴らす)」から転じたものと言われます。
今日一日幸運でありますように!
勉強の主な参考書
漢字源(学研) 漢語林(大修館書店)
新大字典(講談社)
字訓:白川静著(平凡社) 漢辞海(三省堂)
講談社現代新書ー漢字の字源・漢字の知恵
漢字の用法ー角川小事典(武部良明著)
動物シンボル事典ー大修館書店/ジャン=ポール・クレベール
英米故事伝こ説辞典ー冨山書房
中国の故事と名言500選 (平凡社/駒田信二・常石茂編)
新明解「四字熟語辞典」 三省堂
新明解「語源辞典」(三省堂) ことわざ辞典(gakken)
新明解「故事ことわざ辞典」 三省堂
新明解「類語辞典」(三省堂)
成語林(obunsha)
暮らしのなかの仏教語小辞典(ちくま学芸文庫)
新・仏教辞典(誠信書房)
哲学用語入門(大和書房/高間直道著)
哲学辞典(平凡社)
漢字の用法(武部良明著/角川小辞典2)
仏教語源散策(中村元編/角川ソフィア文庫)
落語ことば辞典(榎本滋民著・京須偕充編)
中国史で読み解く故事成語/阿部幸信著 山川出版)
漢字の語源図鑑(平山三男著/かんき出版)
動物の漢字語源辞典(加納喜光著/東京堂出版)
植物の漢字語源辞典(加納喜光著/東京堂出版)
古典語典「東洋」(渡辺紳一郎著/講談社)
中国名言物語(奥野信太郎編/河出書房)
