ことばの物語
<常ーつね・ジョウ>
パンタ・レイ!
『万物は流転する』
『同じ川に二度入ることは出来ない』
暗き哲人、ヘラクレイトスの言葉です。
同じようなことを、『方丈記』で鴨長明は言います。
『行く川の流れは絶えずして、
しかももとの水にあらず』
諸行は無常
すべてのことは常ならずであります。
人は『常』ならんことを求めます。
永遠を求めるのであります。
『常世=とこよ』とは、時が止まった世界であります。
『死国』であります。
浦島太郎は竜宮城にいきました。
年を取ることなく過ごします。
竜宮は、四季が同時に見られる国でもありました。
常世であります。
悟りを開き成仏することを涅槃といいます。
死ぬことを、成仏するとか涅槃に入ると言います。
その人の時が止まるのであります。
人の時は、母の身体に宿った時から流れ始めます。
そして、死をもって止まるのであります。
人生は流転であります。
涅槃はもともとは死ぬことではなく、「吹き消す」と
いう意味で、煩悩の火を焼き尽くして智慧が完成
する悟りの境地の事ですが、それを死ぬことと捉え
た先人の智慧には驚かされます。
百八つの煩悩があるのが人間。それがなくなる、人
でなくなる、つまり死んでしまえは自動的に煩悩は
なくなる。
煩悩無きは仏様であります。
釈迦が入滅した二月十五日を『涅槃会』といます
が、別称『常楽会』ともいいます。人にとって常楽と
は、はたして何なんでしょうか。
無常の現世ではなさそうです。
常世ですね。
涅槃を敷衍した、素晴らしい凡俗の英知ですね。
第一の辞書
<「常」は、「巾=きれ」に「尚=長いの意味」で、
長い布の意味から転じて、長く変わらない、つねの
意味を表す。>
第二の辞書
<「常」は、、「巾=きれ」に「尚=長いの意味」で、
もとは裳と同じで、
長いスカートのこと。
のち時間が長い、いつまでも続くの意となる。>
恒は、いつも緊張してたるまないこと。
経は、経糸のように前後一貫して長く貫くこと。
常娥(ジョウガ)
=嫦娥=姮娥
月にいる美女とも、月に行って蟇蛙になったとも。
弓の名手の神人 羿(ゲイ)の妻で、上帝の妻が10個
の太陽を産んで、地上が焼け野原になり、この女神
に頼まれて羿は9個の太陽を射落した。
夫の上帝はそのことにより 、地上を焦土から救った
ものの、やはり子を殺された思いは去ることなく、
羿を妻と共に地上に追放する。
羿は嫦娥と共に不老不死になろうと、西王母に不老
不死の薬を2つ貰ってきたが、2つ飲むと、もとの神人
になれるという思いから、嫦娥はこれを一人で飲んで、
月へ逃げたという。
常山の蛇勢(ジョウザンのダセイ)
前後左右どこにもすきのないこと。
常山に両頭の蛇が居て、その体のどこを打っても反
撃して、すきが無かった、という故事による。
常住坐臥
ふだんの行動。
常磐
とこの岩。いつも変わらない事。
=常緑
今日一日 幸運でありますように
誤字脱字ご容赦ください。
2014.12掲載再考
