ことばの物語
<號ーゴウ・巨ーキョ・闕ーケツ・カチ>
「千文字」の『剣號巨闕』の『號』と『巨』と『闕』です。
<號=号>
号泣!
「号」とは、「大きく叫ぶ」という意味。「号令」などは
これですね。
これは少し面白いです。というのは、「号」そのもの
が原字で、後に「虎」がつけられ、面倒臭くさいとば
かりに元の「号」戻りました。
「アイゴー・アイゴー」と泣き女。
職業としての泣き女が、葬儀の時に雇われきます。
この風習を中国で見た父親に聞きました。
調べてみると、ヨーロッパから中東、中国、韓国、
そして日本にも古くからある習慣ですと。
これも、文化の共時性ですね。
涙は死者への馳走であり、悪霊払い、招魂の意味
があったとされます。
大家ほど人数も多く、50~60人程度になる事もあ
ったと。
職業ですから、当然報酬次第ではその泣きかたもに
も差がありました。
辞書を調べてみますと、白川静さんの『常用字解』が
「なるほど」でした。
<「号」は、「口=祝詞を入れる器」に「丂(こう)=木
の枝」で、祈り願うことが実現するよう、大声で泣き叫
んで神に訴えることをいう。
号に虎を加えてているのは、虎の咆哮にたとえたので
あろう。>
<巨>
巨人。進撃の巨人?
脳下垂体にある成長ホルモンが過剰になると、巨人に
なります。
特徴は、あごが張ったり、手が異常に大きかったりし
ます。
ジャイアント馬場、初代千代の富士がそうであったとい
います。
逆に、成長ホルモンが少ないと、小人症(侏儒)ですね。
白木みのるさんがこれですね。
何事も、バランス。
馬鹿の大足、間抜けの小足。ちょうどいいのは俺の
足なんて、大きさ自慢をけなし、小さい自慢をけなし
ます。
何処の国でも神話伝説には必ず、巨人は出てきま
す。
お伽噺には、小人はつきもの。
ギリシア神話の巨人は、まともではない。
ヘカトンケルは五十の頭と、百の手を持っています。
キュクロープスは一つ目の巨人。
旧約聖書に出てくるペリシテ人のゴリアテ。
羊飼いのダビデの放つ石に昏倒し、それを羞じて、
自ら首を刎ねて死にます。
中国は盤古。
盤古の左目は太陽、右目は月。
瞼を開くと夜が明け、閉じると黄昏が訪れます。
息を吐くと暑さが襲い、息を吸うと寒さが襲います。
ふっと息を吹くと、風雲が現れ、その声は雷とな
ります。
その他、ケルト、インド等世界中に一杯、一杯
です。
第一、第二の辞書
<「巨」は、「とってのあるさはがね、定規の象形」
で、「矩=さしがね」の原字。借りて、おおきいの意
味を表す。>
巨魁(キョカイ)
おやだま。首領。
巨材(キョザイ)
優れた人材。
巨刹(キョサツ)
大きな寺。
巨星(キョセイ)
大人物。
<闕>
第一の辞書と第二の辞書の解字が全く違ってい
ました。
第一の辞書
<「闕」は「門」に「屰=大きな口を開ける」で、
中央に大きな口の開いている城門の意味。>
第二の辞書
<「闕」は「門」に「屰=人がさかさまになった
形+欠=人間が腹をくぼませてかがんだ形」
で、物をコ型にえぐりとる、コ型にへこむという
基本義をもつ。
これに門がついて、城壁や土壁の一部がU型
にくぼんだ門のこと。>
よくもここまで解体したものですね。
意味づけもここまで行けば、正否はどうであれ、
感服。
闕下(ケッカ)
天子の宮門のこと。天子。
闕画(ケッカク)
文字の線や点を省くこと。
昔、天子や貴人の名と同一の文字を用いるとき、
はばかってその字画の一部を省いて書いた。
字というものは重いものですね。
闕字(ケツジ)
文章中に天皇や貴人の名を書く時、そのすぐ上
を一、二字あけて書くのを言う。
文書中の脱字。
闕本
巻数が不足しているもの⇔完本
闕疑(ケツギ)
真偽のはっきりしない疑問の点は省いておいて
残しておく。
おやおや、「闕」は殆んど「欠「の意味で遣われて
いますね。
明日からは「千文字」の『珠稱夜光』ですが、昨
日、今日の『剣号巨闕』にはともに逸話があります。
<剣号巨闕=むかし趙の王が五振りの剣を持っ
ていて、最も気に入った物を巨闕
となずけた。
珠稱夜光=楚の随侯がある時、一匹の蛇を救
ったことがあった。
そうすると後日、その蛇が見事な玉
を王に献じた。
それは夜も輝く玉であった。
名づけて、夜光と称す。>
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
2018.4掲載再考
