ことばの物語 <律ーリツ・リチ 呂ーリョ・ロ>
「千文字」の第八句『律呂調陽』の『律』と『呂』です。
【律】
戒律、法律などと遣われる規則ですね。
経、律、論の仏典を三蔵といいます。
その中の『律』は、規則のことで、僧の集団の僧伽(=サンガ)
の組織運営に関する規則と、個人が守らなければならない
規則とからなります。
男の僧、比丘は約250条。
女の僧、比丘尼は約380条。
この数の違い、男だから許される部分、女だから許されない部分
とは何なんでしょうかね。
この中で最も重要なのは、貞潔破禁、盗み、殺人、大妄語。
之を犯すと、集団から追放されます。
貞潔が真っ先に来ているのは、何故でしょうか。
たぶん、この貞潔を守るのが一番難しいんでしょう。
『西遊記』に出てくる三蔵法師は、この三蔵を収めたお坊さんという
事ですね。この原本は玄奘三蔵の取経の旅を綴った『大唐西域記』
から。
道教、仏教の天界、神や竜、仙人などが入り混じった伝奇小説
であります。
第一の辞書
<「律」は「彳=人の行く道」に「聿=卜辞を踏みつけるための
道具の象形」 で、人が行くべき道として刻みつけられている言葉、
おきての意味。>
第二の辞書
<「律」は「彳=おこない」に「聿=ふで」で、人間の行いの基準を
筆で箇条書きするさまを示す。>
律義(リチギ)
本来は仏教の戒律で、それを守り威儀を整えること。
一般には「実直」の意味でつかわれる。
律宗
仏教の一派で、鑑真和尚が日本に伝えたもので、
戒律を守ることを主とする。
律動
一定の時間を周期として変化していく運動。
律呂(リツリョ)
音調の基準を示す管。
音楽の調子。
律律(リツリツ)
山が立ち並ぶさま。
【呂】
骨のつらなりらしいですが、人名に遣われますね。
秦の宰相 呂不韋(リョフイ)。
「奇貨居(お)くべし」の成句の故事があります。
呂不韋は商人で富豪となった。
趙の都邯鄲に立ち寄った時、秦から人質として送られた妾腹の子
子楚(後の荘襄王)と出会う。
そして、「奇貨居(お)くべし」と、不遇な子楚を秦の世子として擁護する。
「居(お)くべし」とは、しまっておくと言うこと。
遂に子楚は秦に戻り、王となり呂不韋は宰相に取り立てられた。
この話には、もう一つ逸話があります。
ある時、子楚は呂不韋の愛妾趙姫を見初め、自分にくれるよう懇願する。
呂不韋は仕方なく子楚に趙姫を与えた。(呂不韋の策略とも)
この時、趙姫は呂不韋の子を宿していたという。
そして、生まれてきた子供が後の秦の始皇帝であると。
第一、第二の辞書
<「呂」は、一連になった背骨を描いたもので、似たものが一直線上に
並ぶ意を含む。転じて並んだ音階も呂と言う。>
呂翁(リョオウ)の枕
『枕中記』に出てくる盧生に枕を貸した道士の翁ですね。
この枕をして盧生は眠った。粟が焚き上がる間に、夢の中で80年間を
過ごす。人生の儚さ、栄華の儚さが主題ですね。
邯鄲の夢、盧生の夢、黄梁一炊の夢などとも言われます。
呂氏春秋
さきほどの呂不韋が編纂させた『春秋』と言う本で、道家の思想が
中心となっている。是と別に、
『春秋』というと、四季の順を追って記載された儒教の五経の
一つがあります。
孔子が魯国の年代記を筆削したものと。
注釈に左氏、穀梁、公羊の三伝があります。
「呂」はこれくらいですが、
日本の風呂の語源は、「室=むろ」、または茶道の「風炉」からとも。
風呂敷は、昔し風呂に入る時、脱衣した着物をそれで包み、湯上りに
それを下に敷いて足を拭いた物であると。
また、風呂吹き大根の風呂吹きは、江戸時代に流行った蒸し風呂で、
垢すりの仕事をする人を「風呂吹き」といい、その人が息を吹きかけ
ながら垢を取る様子が、熱い大根を食べる様に似ているところからと。
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
2014.9掲載再考
