ことばの物語 <歌ーうた・うたう・カ>
<倭歌(やまとうた)は、人の心を種として、
よろづの言の葉とぞなれりける。
・・・・・・
目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあわれと思はせ、
男女の仲をもやわらげ、
猛き武士(もののふ)の心をも慰むるは歌なり。>
鬼神は死んだ人たちの霊。
『古今和歌集:仮名序』
ハイネの『歌の本』
第三の序
これぞむかしのお伽(とぎ)の森よ
菩提樹の花 匂いただよう
えもいいがたい月の光に
潤みとろける私の心
・・・・・・・
小夜啼鳥(ナイチンゲール)は歌う
スフィンクス
訊かせておくれ
愛の快楽のそのはてに
死の苦しみを与えるわけを
スフインクス
その不思議の
謎の秘密をあかしておくれ
私はずっと何千年もそれを考え
苦しんでいる
歌の語源は「訴う」からと言います。
和歌にしても、詩にしても、声に出して歌うもので
ありました。
だから、言葉が大切なのです。響きが大事なのです。
強く、そして柔らかく、流れるように、なんですね。
第一、第二の辞書
<「歌」は「欠=口を開ける」に「哥=うたう」の原字。
人が口を開けて大きな声でうたうを意味する。>
第三の辞書は、例により「口=祝詞を入れる器」の
解釈ですから、神事がらみの字開でした。
歌筵(カエン)
歌い興ずる酒盛りの席。
歌管(カカン)
歌声と笛の音。
春夜詩 蘇軾
歌管楼台の寂寂 鞦韆(=ぶらんこ)院落夜
沈沈
(歌や管弦の音が響き渡っていた高殿も、
すっかり静まり返っている。
ブランコのある中庭に、夜は静かにふけて
いく。)
ブランコはヨーロッパでも大人の遊びだったらしく、フラ
ンゴーナールの画題にも、成人女性のブランコ遊びの
絵があります。
歌哭(カコク)
吉事には楽しんで歌い、凶事には悲しんで泣く。
人生は何といおうとも「泣き笑い」ですね。
歌留多(カルタ)
ポルトガル語のカルタの音訳。=骨牌
歌舞伎
歌舞伎は「かぶく」からと。かぶくは頭が傾くこと
から、正常でない勝手気ままなふるまい、派手で
異様な身なり、また好色めいたふるまいをするこ
とを意味したと。
このようなふるまいをする人を「傾き者」といった。
こうした新しい風俗を舞台化した芝居であろうと、
語源辞典にありました。
また、出雲阿国の念仏踊りがもととも。
色んな説があり、良く解りません!
女形が出来たのは、江戸幕府が男女の舞台は
風紀紊乱になるとして禁止した所からと。
梨園などと言ってなにか高級そうですが、
より庶民的だったんじゃないかな?
歌の返しせねば舌無き者に生まる
和歌を贈られて返歌をしないような者は、来世は
ものを言えない人に生まれ変わる。
歌は男女の仲を和らぐ
出典は、冒頭の古今和歌集の仮名序からで、これ
は紀貫之の作です。
歌は主がらにおかしさ勝る
和歌は作者の人柄や品格によって情趣が一段と
深まる。
出典は栄花物語から。
歌は易きに似て難く、難に似て易し
和歌を詠むのは、一見簡単そうであるが現実には
難しい。
しかし、そこを乗り越えると易しいものだ。
初心者に心構えとしいてったもの。
何でもそうですね。後になっ考えると、
何でもない事に悩んでいたってこと、よくあるもので
すね。
歌物語の歌忘れ
いちばん肝心なことが抜けてますよ。
歌よりも囃子
話をする人よりも、相づちを打ったり、話をまとめたり
する人のほうが役目が思いということ。
相づちを打って話し手を勇気づけ、話を引き出す。
話し上手は聞き上手ですね。
「論多くして益なし」にならないためには、まとめ役が
必要ですね。
それぞれの勝手な意見に筋道をつけ、まとめあげる
って大変ですよ。
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
