言葉の物語 <生は寄なり死は歸なり>
人が生きている現世は、仮に身を寄せているにすぎず、
死は本来の自分の住処に帰るようなもの。
現世を仮の宿りというものの、はてさてその先は?
これにも逸話があります。
殷・周・春秋戦国と続く中国王朝の、殷王朝の前にあった
とされる伝説の王朝の頃。
治水工事で追われる「禹」が、南方を巡視し川に舟を走ら
せていた時、舟が竜の背に乗りかけた。
同舟の人たちは顔をを青ざめ、慌てふためいた。
その時、禹が皆をなだめる為に言ったという。
そうすると、龍は静かに去って行った。
「禹」について少し調べてみようと、手元の「世界神話辞典」
をそれとなく開くと、ぴったし禹のページ!
これは天啓か、はたまた宝くじを買えと言ってるのか。(笑)
と思いつつ、目を通した。
『書経』によれば、禹は神的な帝王 舜から洪水を抑えるよ
うに依頼された。13年間彼は妻子に会いに帰宅することも
なく、治水の仕事に打ち込んだ。
そして、治水に成功した禹の一族は、
最初の王朝「夏」を開く恩恵に浴した。
儒家にとって禹は徳のお手本で、統治者の公共の義務の
手本であった。
と、およそ神話らしくない神話辞典の内容でした。
そこで、別の神話辞典を調べてみました。
禹という字は、二匹の蛇を上下に組み合わせた形で、龍形
の水神の姿。
父の名は「鯀=こん」。鯀は天帝の命で治水工事を行ったが
失敗し、殺されてしまった。
その死体から生まれてのが禹で、父からの仕事を受け継い
で、洪水を収めたました。
家に寄り付かない彼に不満を持っていた妻は、熊に変身し
て働く禹の姿を見て、それを恥じて石になったといいます。
その石を割って生まれたのが、息子の「啓」でありますと。
神話らしくなりましたね。
別の本によると禹は魚の姿の神格化で、黄河に住む水神
ではないかと。
また、夏の王という確証はなく、熊に変身というのも、どうも
道理に合いそうもなく、これは「熊=かめ」という三本足の
大亀であって、大なまず、大山椒魚ではなかったかと。
藤堂明保先生の『漢字と文化』に詳しく書かれてます。
エジプトでも、ナイルの治水が王の主たる仕事であったの
は、農耕民族の特徴みたいですね。
化身の神仏
天部
梵天
サンスクリット語での名前はブラフマン!
インドのウパニシャッド哲学の根本思想の「梵我一如」。
ブラフマン(梵=宇宙の原理)とアートマン(我)とが同一であ
ることを体得することにより、輪廻を超越するという、あの
ブラフマン。
インドにおける最高神にして宇宙創造神。
仏教に帰依させられてからは、帝釈天と対で釈迦如来の
脇侍として安置されます。
人間と同じ姿の「貴顕天部」です。
十二天の一つとしても、方位を護る役割を担ってます。
釈迦が悟りを開いた後、世界を救うために説教することを
釈迦に懇願します。これを「梵天勧請」というそうです。
人身の姿であった梵天さんが、四面四臂像で造られるよう
になったのは、密教によるものであると。
四つの手には、インドの四つのヴェーダ聖典を表すものを
もっており、四つの顔は、宇宙の四方に目を配っていることを
あらわすと。
台座が鵞鳥になっているのは、この神さんです。
今日の勉学はこれまでとします。
2017.1掲載再考
今日一日 幸運でありますように!
誤字脱字ご容赦ください。
